テーマ:ライフスタイル

オナラは永遠に直らない

オナラは永遠に直らない 小学校6年生の時、授業の真っ最中で、シーンと静まり返っているのに、私のお尻から、それもとてつもなく大きいのが、 「ブァーッ!」 クラス中の視線がいっぺんに私の方に向けられたのも仕方ありません。もちろん、先生も唖然とした表情で、こちらを窺いました。 「へへへッ」  万事休してしまった私。完全に開き直っ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

男の屑と言われた女性に憤り

゙男の屑゙と言った女への憤り  二十六歳にして畑違いの外食産業へ転職した私は、当初こそ独立の夢を描いて着々と歩を進めていたものだが、実習現場に選んで入った喫茶店、この職場が不思議と水が合ったのか、 (このまま、ここで働き続けてもいいな)  なんて気持ちになってしまっていた。  オーナーも抱擁力があり、同僚も好人物ばかりだった…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

母と子をつなぐ雑誌広告

この頃の雑誌広告 「ウワァー、おいしそう!」  6歳の長女が、雑誌をペラペラやっていたかと思うと、いきなり歓声を上げた。 「なにが?なにが?」  私と5歳の長男が、野次馬になって飛んでいく。そして覗き込む。  大盤の婦人雑誌だった。2ページ全部使ったオーブンレンジのカラフルな広告で、1ページ分にビーフシチューが、いかにもお…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

先生を信じて飛んだ日

先生を信じて飛んだ日 「ちょっと話があるんやけどな……」  いきなり呼びかけられた。機械科で実習担当の永富先生だった。電気科で学ぶ私が先生と知り合ったのは同好会活動を通じてである。  新設2年目。県立T工業高校は、確立した校風はなく、かなり自由な雰囲気だった。クラブ活動も運動部が殆ど。美術部はなかった。趣味が漫画の創作だから、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

育ったね『おとうさんっ子』その2(完結)

「か~ら~す~なぜ~なくの~♪」  泣き止まぬリューゴくんをソーッと泣き、小さな身体をリズムよく揺らしながら、お父さんが歌ってやった歌、忘れちゃいないよな。お父さん、あの歌しか自信なかったから、いつでもあればっかり。でも、あの歌こそ親子の愛情を歌っててピッタリだったんだ。 「この子、音痴になるわよ。情操教育が、あなたのリズムはずれの…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

育ったね『おとうさんっ子』その1

育ったね『おとうさんっ子』  リューゴくん、もう2歳になったんだな。1人前にお兄ちゃんやお姉ちゃんと遊んだり踊ったり歌ったりしてるけど、足元にはちゃんと気をつけなきゃいけないぞ。まだバランスが悪いからヨロヨロしてるだろ。けつまずいたりして転んで泣いてるのを見る度に、お父さんは、もう心配で心配で堪らないんだからな。  だって、お前…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

集めてます

集めてます 白黒テレビの『月光仮面』の痛快さに魅せられてから、ドラマの大ファンに。しかし、成人し就職してからは仕事が忙しく、リアルタイムで観るのは不可能になった。見たいドラマが見られず、イライラの毎日……。  十五年前、ついに念願の録画機を購入した。以来、DVDに保存し、その数は1000枚以上に。 定年を迎え、やっとゆっくり視…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

求められる喜び

求められる喜び  十二月十五日、六十歳の誕生日を迎えた。十三年勤めた仕出し弁当の料理製造会社が定年になる日。誕生日が現役引退と重なる皮肉な話である。嘱託の話はあったが、あっさりと断った。  二か月前に入院している。数個あった大腸ポリープの摘出手術で一週間のベッド生活。同部屋の似通った年齢の患者仲間と接したりしているうちに、これま…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

わが心に刻まれた名作映画

わが心に刻まれた映画 数多く鑑賞した名作大作映画の大半が、忘却の彼方に去ってしまった。けれど『風と共に去りぬ』だけは、まるできのうきょうに見たような、新鮮さたっぷりの記憶として刻みこまれている。レット・バトラーとスカーレット・オハラの激しい恋と愛憎、戦争、。豊かな大地を赤々と染める戦火と夕日。まぶたを閉じると、生き生きと蘇るシーン…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

沿線散歩

沿線散歩  定年退職後、しばらくして「ハッ!」と気づいた。何にもないのだ、自分のすること、したいことが。家族の嫌みに耐えながら、ゴロゴロするのも空しいだけだ。これは大変だぞ。まだ十年以上も生きていかなければいけないのに、どうする?  ふと近くにある赤字ローカル線の駅へ行ってみた。廃止寸前までいきながらなんとか生き残った路線で、高…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

運動神経

運動神経? 自慢できるもんじゃないが、運動神経の鈍さだけは物心ついて以来このかた、誰にも負けたことはない。そして、それは劣等感となって、いまだに私を支配している。  棒のぼりダメ、跳び箱ダメ、鉄棒ダメ……体育の時間がくるたびに、私は同級生の笑いにさらされたものだ。今日、なんとかマトモな夫であり、父になれたのが不思議といっていいザ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

婿舅の戦いの後に

婿舅の闘いのあとに  わが家は嫁姑ではなく、婿舅の戦いである。年齢が十三違う一人娘を妻にしてしまったばかりに、過酷な体験をしている。 「うちの娘の将来を、あんたみたいな、馬の骨同様の人間にまかせるわけにはいかん。どないな玉の輿でもこれから乗れるっちゅうのに、えらい迷惑や」  結婚を申し込みに行った私に浴びせられた舅の言葉。もち…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

モーレツに腹が立ったこと

モーレツに腹が立ったこと  失業状態で3ヶ月、家でゴロゴロしているのも飽きて、ふらっと外に出た。喫茶店でコーヒーを飲んでからパチンコ屋で時間を過ごそうと思ったが、一〇分ほどで玉はすべて失った。  3軒のパチンコ屋を回ったが、どこも同じで入らない。パチプロとまでいわれていた昔が嘘みたい。ごぶさたしているうちに腕が鈍ったのか、コツが…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

美学

 定年退職してパートに。時間が出来ると家の食事作りを一手に引き受けさせられた。  実は私は調理師免許を持っているれっきとした料理人だった。仕事もレストランや和食屋と、調理畑で40年近く働いてきた。  そのキャリアを今度は家族のために生かせというわけである。調理師として働いていた時は、一切家で料理は作らなかった。「プロは金を貰って料理…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

兄の信頼と思いやりを知った日

兄の信頼と思いやりを知った日 十年間続いた喫茶店の経営も、あっけなく終わりを迎えた。生後一年に満たない赤ん坊を含む三人の子供を抱え、蓄えなどないまま、収入源を失うはめになった。崖っぷちに立たされた私を支えてくれたのは妻だけだった。 失意の中での居候生活 「大丈夫よ。しばらく休養する気でいればいいわ。何とかなるって。私が…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

田舎・完結編

「それがホンマかも知れんな、ハハハハ」  その日の父は不思議と機嫌が良かった。未だかって淳二の前で見せた事のない饒舌ぶりだった。 「おい、ちょっと一緒に行くか?」  立ち上がった父は、淳二の返事も待たずに外に出た。慌てて追いかけると、もう大分先を歩いている。背中がたくましく見えた。  父はズンズンと山道を登った。六十を過ぎたとは…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

田舎その3

「ああ、まだ決めてない」 「頼りないこっちゃのう」  懐かしい父の口癖が出た。 「…俺、百姓できるかな?」 「アホ、お前に百姓ができるかいな」  父は笑っていた。いつ以来の笑いだろうか。 「もう、こっちで落ち着くんやろな」 「うん、ここが一番ええ」  本音だった。孤独でしかなかった東京生活を考えれば、正に天国だった。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

どうして?(ミセス通信掲載文)

「ちゃんと留守番しといてね」「お父さん、お昼は自分で作って食べるのよ」「帰りは遅くなるから、お風呂沸かしといて」  妻と二人の娘がてんでに言いたい放題だ。そのくせお出かけは邪魔者扱いでお呼びがかからない。どうしてこうなったんだ?  本来我が家の子供は男二人女二人とバランスが取れていた。息子二人は大学時代、必ず盆正月や村の秋祭りには家…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more