松茸

国際保護連盟で、
秋の味覚の王様、松茸を絶滅危惧種として
レッドリスト入りしたらしい。
わが故郷の松茸事情は悲惨だ。
山を覆った松が害虫で全滅に近い現実。
一時山は立ち枯れた松が白骨のように晒されていた。
私が子供の頃、
松茸は取り放題でも取り切れないほどだった。
稲刈りの最中に、
山へ家族そろって松茸取りに向かったものだ。
わざわざ買い入れ業者がやってきて、
お金になるのだから当然である。
専用の籠がすぐ一杯になるほどの量だった。
傷物や開き過ぎた松茸は、
家で佃煮に炊き上げるという
いま考えれば実に勿体ない話もある。
もう姿を見なくなって久しい。
松茸山の入札が例年行われたり、
松茸狩りで団体を招いたりもしていた。
野外で松茸入りのすき焼きという
豪華版が繰り広げられていたのが思い出されて懐かしい。
それが今や絶滅危惧種入り……(ああ~)

ただ私としては松茸よりシイタケの方が好み。
ブナシメジやマイタケ、エリンギも美味しいなあ。
松茸がなくても気にならないのは、
子供のころのトラウマなのかも知れない。
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梅雨中に茄子元気

ここ数日
茄子が元気
雨と高温が成育を促したのか、
次々に実をつける。
そしてかなり立派に成長する。
昨年の茄子が
親指ほどといえば極端だが、
とにかく貧相過ぎた。
今夏は特に追肥をしないのに、
呆れるほどの出来である。
6月から旬を迎えるらしいが、
(なんと秋にも旬があるらしい)
はや最盛期といっても過言ではない。
毎日摘果しなければ追っつかない。
雨が続く中、
傘を差して作業をしたが、
これがうまくいかない。
茄子に意識を向ければ、
傘がバランスを崩す。
結果、濡れ濡れ状態。
茄子の元気ぶり、
嬉し悲し、いや痛しかゆしだったかな。
それでも茄子はうまい!から許せる。(笑)

ねひめ広場(加西市地域交流センター)に、
貼り出された「ふるさと川柳IN加西」展示の案内。
多くの市民の方の投票参加を願うばかりである。

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筆文字アート

昨日は3か月ぶりに図書館へ。
9月展示の予約確認を済ませて
カウンターを離れると
目に入ったの会談したのパネルギャラリー。
「筆文字アートひよりふでとある。
FacebookでSさんが紹介していたっけ。
昔から悪筆と言われてきた私。
習字の時間は手を真っ黒にして
落書きタイムを謳歌していた。
そのせいでいまだに筆を握ると
震えがきてうまくかけたためしがない。
そんな私の目の前に広がる、
一味違う筆文字アート。
しばし見とれましたね。
もう少し若ければ、
チャレンジするところだけど、
いい年になってしまい、
新たな挑戦をする時間はない現実。
観て癒されることで満足するしかない。
実は夕方7時からねひめ広場運営会議があった。
そこで「ふるさと川柳」を担当している。
その上に「男の料理教室」イベントの
発起者になってしまった。
コロナを横目に、
また忙しくなる。

ところで、
いま運営会議のメンバーを募っている。
ねひめ広場を使った面白い企画をお持ちの方、
ぜひご参加くださいませ。
一緒に加西の元気力の燃料として燃えてみませんか。
(年寄りの言うことじゃないよなあ。反省)
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戦争遺跡

第二次世界大戦末期、
姫路海軍航空隊の
特別攻撃隊(特攻隊)「白露隊」が編成され、
加西から飛び立ち散華された63名の飛行兵たち。
飛び立った鶉野飛行場跡は
往時の規模を有する加西の戦争遺跡を代表するものだ。
その周辺に点在する、
防空壕などの戦争遺跡の一つ、
巨大防空壕の内部空間を活用、
CGをまじえた映像による、
白露特攻隊員の遺書の公開をスタートさせた。
さすがに映像の威力はすごい。
戦争の語り部が少なくなる中、
それに代わるものとしては最適と言わざるを得ない。
実は私も戦争遺跡ツアーボランティアガイドに登録している。
これまでに二度ツアーガイドに参加している。
次回参加がなされれば、
強力な助っ人に圧倒されるだろう。
しかし戦争の遺跡を通じ、
平和の意義を問いかけるのに、
助けは要らない。
歴史を学び情報や知識を自分のものにし、
平和への道を語りかけるのは私自身なのだから。

根日女創作倶楽部@まちライブラリーの恒例行事、
『令和2年文芸祭』のチラシができました。
1か月の長丁場、
お近くにおいでの節は
図書館へ足を運んでみてください。(宣伝でした。笑)
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石文化

市の広報誌は
私のふるさと案内である。
お化け屋敷の参加も、
その後の市民ウォーキング、まちライブラリー参加など、
みんな広報誌に掲載された情報がきっかけ。
仕事についているときは見向きもできなかった
ふるさと加西をじっくり味わう機会を
広報誌はくれたのである。
深夜2時過ぎ、
最新の広報誌に目を通していると、
Letsウォーキングのイベント案内に目が留まった。
コロナで3か月以上ご無沙汰になっている
ウォーキングだけに見過ごせない。
赤丸で囲んだ。
参加できればしたいものだ。
市民ウォーキングは市内の名所を巡る。
加西の個性として石文化と触れ合うことが多い。
道標、石仏、石棺……
これでもかというほど多い。
日本最古の石仏と聞いて驚いた古法華石仏。
加西の奥の深さは
知れば知るほど深くなる一方だ。
石仏見学はかなり密状態の見学となる。
レジャー気分の参加者もいれば、
歴史に昏倒する人も結構多い。
カメラやスマホで撮りまくる人もいれば、
しきりにメモを取る人だって負けてはいない。
どっちつかずの私だって、
いつしか熱っぽく石仏を見るように進化?したのだ。

あの密状態が懐かしいなあ。

あっと、
庭で見つけた花もパチリ!でした。

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茄子

さあ何を作ろっかな?
畑を引き揚げてきてから、
楽しいひととき。
目の前に
茄子とピーマンが山になっている。
暑さが増すにつれて
茄子とピーマンに弾みがついた。
いい形とサイズが揃った。
市場や小売するわけではないから、
すぐ山盛りになる。
しかし、
茄子はどんなふうに料理しても、
とにかくうまい!
シンプルに焼きナスは当然として、
揚げびたし、浅漬け、みそ田楽、天婦羅、煮つけ、はさみ揚げ……
枚挙にいとまがない。
何よりうれしいのは、
茄子単体でおかずになることだ。
肉や魚にあえて出番を求めるまでもない。
美味いごはんすら炊ければ、
なす三昧で「ごちそうさま」

それでも、
使いきれなくなるのは目に見えている。
残れば冷凍保存する。
それぐらい今年の茄子の生育は最高。
茄子だけで感激をくれる畑が、
連日まってくれる夏の畑である。

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コロナとこどもたち

地区の子供たちの通学を、
見守る地区の大人たち。
見守り隊と称しているが、
その一員として通学路に立っていると、
今やマスクで黙々と歩く子供たちの姿が普通だ。
コロナ社会における新生活の指針が、
子供たちにも浸透している。
春先までの賑やかしい通学風景尾を知っているだけに、
なんとも言えない気分になってしまう。
子供たちの健全な成長を見守るはずが、
コロナ相手にでは無力そのもの。
ただただ
「頑張れよこどもたち」と、
胸の内でエールを送り続けることしかできない。(むなしい~~!)

家の庭の雑草の中に小さな花を見つけた。
草花かもしれないが、
頑張って花を咲かせ、
私の心に何かを訴えるのがすごい。
次に草を刈る時は、
彼らの存在を意識して刈ることにしよう。
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庭の花

朝から雨模様。
というわけで少し朝寝坊。
3時過ぎに寝たから
都合5時間寝られたわけで、
すこぶる調子がいつにましてよい。


雨が小休止した昼前。
何気に外へ出た。
家の裏手にあるプチ庭兼ミニ畑は、
目に余るほど草の丈が伸びている。
(また草刈りしなきゃ~)
気が重くなった。
顔を上げると、
視界に薄い紫の花が
数輪咲いているのが入った。
確かあれは……韓国の花だっけ。
ムク……何とか言ったなあ~?
一度どころか二度三度聞いている名前が
すぐ出てこない。
実は花の名前はほとんど知らないし、
訊いてもすぐ忘れてしまう。
花に申し訳ないが、
呆れるほどの花音痴。
といっても、
綺麗な花には
しばし見とれてしまうほどの感性は
持ち合わせている。(自慢にならないよ~)
その花木の周囲に、
赤い花と濃い紫の花も顔を覗かせている。
紫の花はキキョウ……?う~ん。
決して聞かれたくない花の名前。
黙って鑑賞しましょうか。(苦笑)

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じいじの苦悩

月に一回ぐらい
二人の孫を連れて娘がやってくる。
孫の顔を見られるのは嬉しいが、
その相手をするのは、
かなり大変だ。
彼女らが来るのは、大体日曜。
スーパーで働く妻はまず仕事でいない。
つまりじいじがひとりで相手することになる。
子育ては、我が子4人育てたキャリアがあるものの、
その頃の若さはとっくの昔に失っている。
気はせいても体がついてこない状態の高齢者。
長丁場でなくとも、
二人の孫を相手にするのは、限界がある。
それを表に出すのも癪だ。
懸命におもてなしに徹するしかない。
近くの公園で遊ぶのも、
まだ歩き始めたばかりの孫は、
しょっちゅう抱っこすることになる。
娘はスマホで我が子の写真を撮るのに夢中だから、
じいじがなけなしの元気を奮っていることを察してもくれない。
ニコニコと幸せそうな笑顔のじいじを見て、
孫相手にハッピーになってるんだなんて
思っているんだろうな。
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夕方妻が帰宅すると、
お役御免とばかりに、
食事作りに徹する。
料理は昔取った杵柄というべきか、
全く苦にならない。
時々駆け寄ってくれる孫に、
愛想笑い(?)してやるのが精いっぱい。

幸せな気分を手に入れるのも、
いやはや大変なのである。(ハハハハハ、はぁ~~)

夏野菜

少し曇りがちだが
いい天気。
畑へ直行。
周囲の草を刈る。
日差しがないから暑さが鈍い。
苦もなく草刈りは進む。
頃合いを見て畑へ。
この間から
ナスやピーマン
ししとうなどがとれ始めた。
今日もいいサイズのものが
ぶら下がっている。
今夏は準ような生育だ。
ここまで茄子の木(?)を育てられたら、
これからかなりの茄子がとれる。
ピーマンも出来がいい。
「どやねん」
誰もいないのに、
どや顔で振り返っていた。(クスリ)
隣の畝にトウモロコシが並び立つ。
これも今回はあてにしてよさそうだ。
いやいや、これから要注意しなきゃ。
昨年は、
さあ明日収穫しようとしたら、
翌日発見した嫌な光景。
トウモロコシの実は
すべて収穫済みになっている!
ところどころトウモロコシの木(?)が、
根こそぎなぎ倒されていた。
イノシシのしわざ、もしかしたらヌートリア?
犯人は証拠を残していない。
あんなショックを呼ぶ目撃は御免だ。

帰宅したのは5時前。
夕食の準備だ。
茄子とピーマンなど新鮮な夏野菜は、
焼くか素揚げして、
醤油か塩、ポン酢で食べることにした。
メインは揚げ豆腐の甘酢あんかけだ。
いかんいかん。
自分の好みを調理してしまいがちになるなあ。
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五百羅漢

北条小学校と中学校に挟まれた
路地を歩いていくと
羅漢寺の脇に出る。
通り過ぎながら塀越しに境内が一望できる。
北条石仏として有名である。
子供のころから、
もう何度訪れたか、
今は亡き
一つ違いの兄にくっ付いて行ったのが初めてだ。

境内に居並ぶ素朴な彫りの石仏が魅力的だ。
実際は459体確かめられているが、
その数をイメージしたのか五百羅漢と呼ばれ
地元の代表的な名所になっている。
表情が違う石仏を見ていくと、
そこには思い人の顔を発見できるという。

石仏の間から顔を覗かせた子供を
写真に写したのを思い出す。
巣立った子供たちが、
羅漢さんと一つになった写真がアルバムにある。
実は父親である私も
子供時代に同じようなことをしているのを、
古い写真が証明している。

近いうちに、
初孫を連れてきて、
同じポーズの写真を撮ってやろう。
親子三世代の、
写真が並ぶのは感動ものでもある。
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お化け屋敷

ねひめ広場ロビーに
7月20日からの
「ふるさと川柳IN加西」作品展示の
予告パネルを設置しました。
これでもう逃げも隠れもできません。(笑)
乞うご期待と行きましょうか。

しかし暑い日が続きます。
半日草刈りをしただけでぐったりです。(苦笑)
しかし弱くなりましたね。
年を取るということに、
コロナ自粛が重なって、
なまるになまってしまったようです。

暑くなるとすぐ思い浮かぶのが、
サイサイ祭りのお化け屋敷です。
2017年まで6回ほど参加しましたが、
お化けに扮するのも病みつきになるほど面白いのですが、
暑いのはきつかったなあ。
加西市市役所の議会棟が会場ですが、
3階までフル活用。
なかなかクーラーの恩恵に恵まれない上に、
お化けの扮装で、キグルミ状態。
そして入場する子供たちを脅かすのに懸命になってしまい、
汗はだらだらと蒸し風呂に入ったも同然。
2リットルのペットボトルも焼け石に水って感じ。
終わった後は花火見物と総踊りに参加である。
かたずけ撤収は9時過ぎまでかかり、
跡は何をする気力もなくなり、
這う這うの体で家に帰りついたものです。

主催は加西青年連絡協議会「えんどれす」
若者のグループに顔を出したのは、
定年後3年目。
孫といっても過言ではないメンバーに
いっちょがみさせてもらった「老人会代表」だったのです。

その高齢者がよくぞまあ6年も
ボランティア参加を務めたものである。
私がふるさと加西の魅力探求を始めたきっかけとなってくれた
「お化け屋敷」でした。
近年酷暑続きで、
昨年はとうとう不参加を決め込んでしまいました。(情けないなあ)
反省して今夏はやり直すかと期していたのが、
コロナでした。
サイサイ祭り中止の案内を見ながら、
来年は体力気力的に無理だろうなとため息をついてしまいました。
こうやって年を取り、諦めて……ゴールを迎えるわけですね。(ヘヘヘヘヘ)
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法華山一乗寺

畑を覗くと、
つい先日刈り払った草が
またぞろ生えそろっている。
雨に高温が続けば仕方がない。
ただそれだけではない。
畑は喜びもプレゼントしてくれる。
立派なナスビにししとう、ピーマン。
トマトは青い実がついている。
カボチャも快調に成長を見せている。
網干メロンも大きなのが一個見つけた。
害獣の餌食になる前に収穫しないとなあ。
帰宅して早速茄子はマーボナスに。
猪等はフライパンで空炒め、醤油で食べた。
暫くは夏野菜を堪能できそうだ。
この喜びがあるから
野菜作りは止められない。

深夜1時前。
もう少し落ち着いたら、
始めようと思うウォーキング。
欠かせないのは北条鉄道沿線闊歩だが、
加西には結構楽しめるコースがある。
市内のコースを紹介した本まで出ているから、
ウォーキング実行に不便はない。

定年退職した後始めたウォーキング。
加西に生まれ育ちながら
知らずにいた名所、遺跡などなど。
歩いて実感することで
ますます故郷が好きになった。

そうそう国宝指定の建造物を要する
加西市を代表する法華山一乗寺がいい。
四季折々の表情を見せてくれる優れものだ。
ただ勾配のある山道や参道石段はかなりきつい。
それでも行く価値は十分ある。(うん)
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北条鉄道

ウォーキングといえば、
昨年まで時間が許せれば、
地元唯一の鉄道「北条鉄道」沿線を、
歩いたものだ。
各駅に公募されたボランティア駅長が、
それぞれの個性で歓迎してくれる、
お坊さんの説教、絵手紙教室、切り絵、英会話、結婚相談所なんて
聞いただけで「?」
実にユニークな鉄道である。
中でも法華口駅は駅舎がパンやさんというから「へぇ~?」
オーナーがレールバスの出発を見送る姿に見とれてしまう。
最近はテレビでも取り上げられたりしている。

鉄路を一両のレールバスが、
ガタコンガタコ~ンと、
田園をのどかに走っている。
その鉄路のすぐわきの側道を、
往復すれば、
かなりいい運動になる。
しばらくコロナで休んでしまったが、
そろそろ再始動してもいいかな。
ただコロナ自粛で、
老脚が衰えて、
前のように歩けるか
いやはや、もう自信はないよ~!

でも歩いてみるぞ。
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あびき湿原

なつかしい電話が入った。
「加西風土記の里ウォーク」と」銘打った
市民ウォーキングに参加したときに遭遇したひと。
共催の神鉄でスタッフをやっていた。
相性が良かったのか、
人見知りで
人に声をかけることが滅多にない私が、
なぜか話しかけたのだ。
以来、ウォーキングに参加すると
隙(?)を見つけては談笑する仲となった。
コロナ自粛は市のイベントも。
ウォーキングも例外ではなかった。
もう数か月あっていない計算になる。
実は「まちライブラリー」通信を郵送していた。
これも珍しいことで、
決まった少数の相手しか送付しないのを、
偶然メモっていた彼の住所をピックアップ。
おかげでしばらくぶりの会話が弾んだ。
彼もコロナのせいで、
ウォーキングの仕事はゼロだった。
同い年だから本職は定年退職している。
しかし口調は相変わらず明るい。
その明るさがいつも孤独な私を救ってくれてるんだなあと、
改めて納得した。
6月に予定されていた
神鉄ハイキング「網引湿原散策コース」も中止だと知った。
コロナ自粛も解除されたので、
一応参加する気でいた魅力いっぱいのコースである。
これまでに3度散策の機会を得ていた。
豊かな自然の中に育まれるちいさな命との出会いは、
現実に荒みがちな心を癒してくれるのだった。
それが中止か~残念だ。
電話を置くと、
加西市観光案内パンフを引っ張り出した。
「あびき湿原」これだ。
多様な生物の宝庫、あびき湿原。
ハッチョウトンボを目にした時、
子供のことへタイムスリップしたことを思い出す。

ああ、もう一度行きたいなあ。

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紫電改

加西に紫電改がある!
最近注目を浴びている戦争遺跡に
華を添えている。。
模型だが
実物大の精巧なもの。
往時の名機そのものである。
近くに旧日本海軍の飛行場跡が、
当時の規模で保存されている。
点在する防空壕や機銃座跡なども。
この地を飛び立った
神風特攻隊員60数名の
若き命が失われました。
しばし鎮魂の思いに囚われます。

そうそう紫電改といえば、
ちばてつやの名作「紫電改のタカ」を、
思い出します。
子供のころ夢中になって読みましたね。

加西市にお立ち寄りの節は、
戦争遺跡巡りをお楽しみください。
紫電改が待ってますよ~!
(故郷の宣伝です。はい)

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姫路ゆかたまつり

地元のサイサイ祭りが中止。
各地の夏祭りがコロナの影響で
軒並み中止の方向らしい。
あの姫路の長壁神社浴衣まつりも中止だ。
二十代から三十代にかけて
姫路に住んでいたことがある。
勿論独身ひとり暮らしである。
風の通らない部屋を間借りしていたっけ。
いまは移転しているが
姫路城の側にあった
姫路商工会議所内の
レストラン「清交倶楽部」のコックだった。
並行してアマ劇団「混沌」で芝居に打ち込んでもいた。
生真面目で人見知りの激しい性格を
少しでもカイゼンしたかったのだ。
舞台では確かに人が変わったような演技をするまでになtったが、
プライベートでは改善の兆しすら手にできなかった。
孤独の影を背負った私なのに、
ある日、劇団に入団したばかりの高校生に誘われたのが、
浴衣まつりへの同伴だった。
「今夏は一緒に行く相手がいないんです。Sさん連れて行ってください」
何を言われているか分からないほど内心の驚きといったら。
それまでに対等に女性と付き合った経験なし。
しかも相手は高校生。
どうしていいかまず分からない。
そんな頼りない私をリードしてくれたのは彼女の方。
おかげで金魚すくい、くじ引き、的あて、りんご飴、綿あめ……
情けないことにすべて初体験だった。
幸せな気分に満ちた私に、
別れ際に彼女の一言。
「またお城まつり、連れて行ってくださいね。とても楽しかったです」
どんな状況に陥ったか、余人には想像もつかないですよね。(苦笑)

人生初のデートを思い出させてくれた
浴衣まつり中止のニュースだった。
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リハーサル

孫がバーベキューをせがむので、
急いで倉庫にしまっておいた
バーベキューセットを引っ張り出した。
もう二十年以上使っていない。
子供が4人いたころ
思い出作りにつかって以来だ。
「ちょっとリハーサルしとこうよ」
言い出した妻はスーパーのサービスチーフ。
コロナの時期は毎日てんてこ舞いしていた。
そのストレスを解消したいのだ。
器具は長年しまい込まれていたにも関わらず、
錆びてもいないし、すぐ使えそう。
隅も当時の使い残しがあった。
準備から焼き上げまでのプロセスは、実に楽しかった。
子供らの時の記憶より、
付き合い始めたころの
仲間内バーベキューの記憶の再現である。
仕事から戻ってきた娘も加わり、
賑やかな団らんとなった。
一月後やってくる孫たちが
喜ばせる自信を得た一日となった。
は~やく、こいこい、孫とのバーベキュー……♪である。
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歩く

コロナ、コロナの前は
近くのイオンモールまで
歩け歩けが日課だった。
片道45分、歩数で七千歩程度。
しかし自粛生活で
3か月近く巣ごもり状態。


昨日久しぶりに歩いてみた。
最初はブランクを感じない快調さだったが、

半分ほど行ったところで「ガクッ!」
油断をしていたせいで膝に力が入らなくなった。
暫く「ガクガクガクッ」
しだまし歩いていると、気にならなくなった。
イオンに辿り着くや否や、
休憩用のベンチに。
痛みは消えていたが、優しくさすってやった。
結局行きも帰りも1時間近くかかってしまった。
自粛であまり動かなかったツケは大きい。
脚の衰えは明白だった。
しかし久方ぶりのウォーキング、
暑さは応えたが、実に気分がいい。
といって明日から毎日、
と考えただけで、頭を振っていた。
そう急がず騒がずで、
ゆっくりと習慣を取り戻していくしかないなあ。(うん)

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駄目なやつにも挑戦権

母校から同窓会総会の案内が届いた。
数年前に副会長を退任しているが、
久しぶりに覗いてみようかと思う。
後輩たちの頑張りを支援してやりたいし、
私を陽の当たる表街道へ引っ張り上げてくれた母校に、
いまも感謝の念を持ち続けているからだった。
最初に進んだ進学校で挫折を味わい、
いやいやながら合格したが、
馴染めない工業高校電気科、それも級友たちとは一年遅れの立場。
気が入らない学校生活に、
成績はがガタ落ち、暗い性格も重なり、
学校に身の置き場はどこにもなかった。
子供のころから図書室に入り浸っていたこともあって、
国語の本を読むのは得意だった。
教科担任の先生、何を血迷ったのか、
人と会話すらままならない私に、
校内弁論大会に出ろと声をかけた。
察するに、工業高校に弁士になろうというものがいなかったに過ぎない。
いつも口ごもり無言の断りをする私が、無言でうなずいたのだ。

その肯定が私の暗い人生を一変することになった。
挫折した過去を赤裸々にテーマとした弁論は、
なんと優勝してしまった。
胸を張り心の内を叫ぶ勇姿を写した一枚が、
学校新聞の一面を飾った。
裏道をトボトボ歩いていた私が
陽の当たる表街道へ踏み出すスタート台に立った記念碑となった。
「高校時代」と表記したアルバムの1ページ目を、
新聞の切り抜きと写真を並べて貼っている。
もちろん以後も挫折の繰り返しを経験するが、
つぶれなかったのは、
あの弁論大会の奇跡の瞬間があったからに他ならない。
誰彼に「機会があったら挑戦しろよ」という。
失敗はないはずがない。
ただ成功を導くためには、まず挑戦するしかないのだから。
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