テーマ:創作小説

ほんの束の間

ハイウェイバスは快調に走った。名古屋に着いたのは夜の十時過ぎ。まだ時間は充分ある。名鉄の駅に急いだ。目的地は東岡崎駅。  定年以来、何とも空しい日々を送っていた私のもとに、一通の手紙が。開けてビックリ!とはこの事だった。 「今回のエッセー下田歌子賞にあなた様の作品が『最優秀賞』に選ばれました」  寝耳に水とも思える朗報だった。賞金…
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誘惑

坂手将太は刺身包丁でマグロの柵をひき続けた。三千台の切り数が必要だった。イカ刺しとサーモンはすでに数を切り終えた。凍えた手は神経がかなり鈍くなっている。  ゾクゾクする。足元から厳しい冷気が伝い上がる。生ものを扱う調理場だった。一年の大半は冷房を効かせた部屋となる。厳冬期はさすがに冷房は止められたが、ストーブなど暖房手段の持ち込みは禁…
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誕生!家族っ子、すず実・完結

みんな輝きだした 「お母さん、このごろ、えろう優しいなったん違う?」  ある日、奈津実がポツンと言った。 「なんで?」 「ポンポン言わんようになったやん。そいに一緒に勉強してくれるようになったわ」  ハッとした。  そうだ。すず実誕生以前の私は仕事ひと筋だった。精薄児の通園施設保母の仕事に打ち込んでいた。子どもたちへの愛…
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誕生!家族っ子、すず実

すず実は家族っ子  ただいま、わが家の一日はすず実で始まり、すず実で終わる。年齢が離れているだけに、お兄ちゃんお姉ちゃんらにも、それに文句はなさそうだ。どうやらすず実は『家族つ子』になりそうだ。  長女はわたしと夫が商売で忙しい時期に生まれたせいで、夫の実家のおばあちゃんに育てられた『おばあちゃん子』。長男は当時やっていた喫茶店…
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誕生!家族っ子、すず実

誕生!家族っ子、すず実 きょうだいは多いほうがいい まったく躊躇もせず悩みもせずに、本当に自然体で妊娠と出産に臨んだ4人目の赤ちゃんが、わが家の幸福の使者、すず実である。 「男の子が二人屋のに、女の子は奈津実1人じゃかわいそうでしょう。奈津実に妹をつくってやろうよ。きょうだいは多いほうが頼もしくていいじゃない」 「そうや…
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根日女昇天・完結

 許麻は気配を抑えて根日女の寝顔をそっと窺った。やはり絶望感に襲われる。すべてがあまりにも遅かった。娘は都から来るであろう愛の使者の訪れを、待ち草臥れた果てに明日をも知れぬ病床にあった。 「オケノミコさまが、大王さまのお言葉を携えて参られた由、申されております。 「なんと、オケノミコさまが自ら参られておるのか……!」  すると巷の…
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根日女昇天・その4

「おとうさまをお残ししては、根日女は気がかりで先にはとうてい行けませぬ」 「うん?大和へか?」  許麻はわざと問うた。弱弱しい娘の姿を前に、彼女の本音をまともに受け取れなかった。根日女は童女のごとし無邪気な笑顔を作り、目を細めた。まるで絹糸のように細くなった。 (……判っていらっしゃるのに、人の悪いおとうさまです)  根日女が懸…
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根日女昇天・その3

「ならば、わしらと一緒に大和へ参ろう、根日女。わしも兄者もそなたが身近にいさえしてくれれば、これまで同様、時の流れにわれらが愛の行方を任せられる」 「いずれ、そなたがわれら兄弟のどちらを選ぶことになっても、決して泣きも恨みもせぬ。愛が憎悪に変わるのは、その愛が浅いからなのだ。わたしもヲケも、その深さは深海のごとしじゃ」  兄弟皇子は…
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根日女昇天・その2

その月日を根日女は兄弟皇子のどちらとも選べぬままに過ごしてきた。心根が優しいゆえに根日女は、わが身に熱い思いを寄せてくれる彼ら皇子らの心を傷つけることなぞ考えられなかったのである。  オケとヲケの兄弟皇子は、先の大王の執拗な追跡の手を逃れるために、苦難の道を共に助け合い励まし合い生きて来ている。艱難辛苦を共有するなかで培われた兄弟愛と…
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根日女昇天

播磨風土記3000年記念歴史小説 根日女昇天  屋形の縁より眺めると、かなり大きい墳墓が築かれつつあるのが一目瞭然だった。  墳墓を取り囲むように池が掘られている。賀茂の国の民人が総出で工事に取り組んでいる光景は壮観そのものだった。墳墓はもうすぐ、この辺りの河原を埋め尽くすなんとも見事な玉石で飾られることになっている。 (あ…
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明け方の贈り物

明け方の贈り物  夕方から明け方にかけての深夜勤務についてから、子どもたちとすれ違いの生活が始まった。出勤するときには子どもたちは遊びに出ているか、まだ学校だったりするし、帰宅したときは夢の中なのだからしかたない。  その日も明け方、眠い目をこすりながら帰宅した私が玄関を開けると、なんと玄関先に子ども三人と妻が揃ってお出迎えであ…
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失意の私の前に

失意の私の前に!?  私の半生で最も痛烈な打撃だった。当時三十歳、それまでは多少の波はあれこそ、好運に恵まれトントン拍子にきていたせいもあって、失意のどん底を味わう事となった。  独立の夢を描き脱サラ、調理師学校を経てレストラン、喫茶店で修業を積み、遂に一軒の店を任されるまで七年がかり、兎より亀になるんだと、慌てず騒がず、じっく…
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先生との出会いに感謝して

先生との出会いに感謝して  その夜、夜勤に出る支度をしていた私に電話が入った。 「遅くに悪いな。どうしても電話したくてね」  その声を耳にしただけで、O先生の底抜けの笑顔が私の頭に浮かんだ。数日前に公演した私の舞台を観劇したとのことだった。  O先生は、出会った当時、小学校の先生だったが、別に私はその教え子というわけではない…
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親子であることの証明

親子であることの証明  前触れもなく父はいきなり勝手口から入って来た。ノソッという感じだった、 「おるかっ!」といつものぶっきらぼうな口調で居間に上がり込んで来て、私が寛いでいる炬燵の向かい側に足を入れた。  珍しいことだった。別に険悪な仲だというわけではないが、父と私はどうも気楽に話せない間柄だった。私も父も似通った話し下手…
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ぼくは泣かないのに

ぼくは泣かないのに  夫婦で力を合わせて、八年間やってきたお店を、夫の体調の崩れとともに訪れた営業不振で、万策尽きて遂に店仕舞いとなってしまった時の、辛さと惨めさといったら大変なものでした。  ガックリと心身ともに落ち込んでしまった私と夫を、最後の最後まで支えてくれたのは、三人のわが子たち。一人は、まだ赤ちゃんでした。まだ物事の…
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サイさんの余計なお世話?

サイさんの余計なお世話? 「あんた、この仕事、やる気あるのん?」  いきなりたずねられてドッキリ!本を整理していた私の手は反射的に止まった。  そーっと声の主のほうを窺うと、彼女は黙々と納品伝票の数字を帳簿に転記していた。  サイさんは、当時勤め始めた書店の先輩だった。事務を任されていて、一か月前に店売員として入社した私とは…
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母を恋うる記(もうお母ちゃんを泣かせへん)

母を恋うる記(もうお母ちゃんを泣かせへん) 十七歳の夏、その事件は起きた。母の悲痛な顔、物心ついてからこっち初めて見る表情だった。小さい頃からおとなしくてかしこい子どもで通ってきた。何の問題もない自慢の息子が、思いもかけない不祥事を起こして警察沙汰になってしまったのでは無理もない話だった。  お喋りの母が全く口を開くこともなく、…
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憂鬱な逃亡・完結編

「この新聞、あいてまっか?」  隣に座っていた中年の男が無遠慮に手を突き出して訊いた。判事も待たず、男はすかさず手をグイッと伸ばし新聞を鷲掴みしていた。祐介は伝票を掴むと立ち上がった。もう自分がいていい時間のエリアはとっくに過ぎていた。これ以上、長っ尻でおれる図々しさを持ち合わせていなかった。 「ありがとうございました。またどうぞ」…
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憂鬱な逃亡・その2

職場の誰かの家族に不幸があれば、会社からそれなりの弔慰金が出ることになっているが、伯父、甥なら対象にはならない。だから反射的に伯父を殺すはめになった。伯父が知ったら、頭から湯気を出して怒るだろう。殺されても死なないようなゴツイ伯父の顔が、祐介の頭に浮かんだ。 「それはどうも、ご愁傷さまです。はい、専務の方にはちゃんと連絡しときますので…
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憂鬱な逃亡・その1

憂鬱な逃亡  朝起きた時から、どうも気分はしゃんとしなかった。だいたい月曜日の朝は、いつもこんな具合に始まり、なかなか軌道に乗らない日が多い。朝は元々苦手だが、中でも日曜明けは特別に酷かった。それでも洗面に立って、トイレを済ませると、何とか出勤する気になった。朝食は昔から取らない習慣で、時間があれば駅前の喫茶店に入って珈琲を注文す…
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海へいこうよ・完結

「ただいま!」  お父さんが帰ってきました。はたらいてつかれているのに、いつも元気いっぱいです。 「どうしたんだ?みんな」  その場のふんいきがおかしいのに気づいたお父さんは、だれにともなくたずねました。  お母さんが、さっきの話をせつめいすると、お父さんはニヤリと笑いました。 「なーんだ、それでか。おい、リューゴ、お前は海が…
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田舎・完結編

「それがホンマかも知れんな、ハハハハ」  その日の父は不思議と機嫌が良かった。未だかって淳二の前で見せた事のない饒舌ぶりだった。 「おい、ちょっと一緒に行くか?」  立ち上がった父は、淳二の返事も待たずに外に出た。慌てて追いかけると、もう大分先を歩いている。背中がたくましく見えた。  父はズンズンと山道を登った。六十を過ぎたとは…
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田舎その3

「ああ、まだ決めてない」 「頼りないこっちゃのう」  懐かしい父の口癖が出た。 「…俺、百姓できるかな?」 「アホ、お前に百姓ができるかいな」  父は笑っていた。いつ以来の笑いだろうか。 「もう、こっちで落ち着くんやろな」 「うん、ここが一番ええ」  本音だった。孤独でしかなかった東京生活を考えれば、正に天国だった。 …
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田舎・その2

淳二の帰郷祝いの形で、家族揃って鋤焼きの卓を囲んでいた。何かと言えば鋤焼きを囲むのが、昔からの習慣だった。  酒とビールも出て、淳二と淳朗の兄弟だけが呑んだ。父は最近胃潰瘍と診断され、酒を含む刺激物を断っている。  根っから酒好きで晩酌を欠かした事のない父の姿しか知らない淳二は、いかにも不思議そうな顔をした。しかし、父は取り合わず、…
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田舎その1

田舎  三年ぶりの田舎だった。  乗合バスから降り立った淳二は、ゆっくりと首を回して辺りを見た。何も変わってはいなかった。三年前そのままだった。  バス停の前にある煙草屋も相変わらずくすぼけた雰囲気のままだ。お喋りで有名なおシカばあさんが、ガラス戸を開けて顔を覗かせた。ちっとも変ってはいなかった。 「おばさん、セブンスターち…
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名古屋の夜はふけて

 13日(土)に岐阜県へ。第12回下田歌子賞の表彰式に招待されて恵那市岩村町に入った。初めての土地にキョロキョロと。魅力いっぱいの町だった。人生で初めて味わう『最優秀賞』のウハウハ気分だったせいもあったかも知れないが、それにしても素敵な風土が私をトリコにした。  うっすらと雪に染まる情景も、日ごろのせかせかした生活を忘れさせてくれた。…
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祭りに燃えた夜

 祭りに燃えた夜 10月15日は、わがムラの秋祭りが例年通りに行われた。私が住む地区にある高峰神社の氏子となる、西畑、東畑、窪田、西谷西と東の5地区から、布団屋台と神輿が出て練り回る。それなりに伝統のある祭りだった。  今年の祭りは、我が家にとっては、かなり趣きが違うものになった。小3の息子が屋台の乗り子として初舞台を踏んだので…
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野望に燃える日

四十数年ぶりの東京だった。二度と行けないと思っていた永遠に憧れの地である。その機会をくれたのは、なんと公募ガイド。  情報ページで見つけた若者を考えるつどい2014エッセ募集に応募したのは七月過ぎ。慌てて書いて間に合わせたが、それがなんとか佳作に選ばれた。入賞者は東京中野である表彰式と集いに参加すると交通費が貰えるのだ。基準で計算され…
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父の存在・完結編

優子は、やっと素直に答えた。 「でも、あんまり安心し過ぎるのも考えもんかな。だって、お父さん、本心はやっぱり一人娘のあんたを手放したくないんやから」 「本当?」 「そうよ。何やかや言ったって、寂しがり屋なんやもん、お父さんは…」  多津子は聖母マリアみたいな顔になった。 「こらーっ!何グズグズしとんじゃ!花婿はんの前ぐらいサッ…
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父の存在・その2

「でも…」 「大丈夫やから、心配せんとき。お父さんかて、あんたの幸せになる事、放っとく筈あらへん。なあ」  多津子の言葉は優子の気持ちを楽にさせた。 「ほな、先に寝る。お休みなさい」  優子は軽く頭を下げると部屋を出た。源治の反応を確かめるまでもなく、優子は後の始末を多津子に託しきっていた。  あれから両親二人の間で何が話され…
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