コクバ掻き

朝晩は少し寒くなってきた。
もう冬は間近に迫っている。
冬の用意と害獣除けの柵作りに取り掛かったが、
さっさと作業が進んでくれない。
鉄柵板の購入に明日はコーナンへ行ってみるかな。
ひと休みを兼ねて庭を見回ると、
かなりカラフルさが増している。
コスモスは家の裏手で日照時間が少ない成果、
まだ花じゅうたんには程遠い。
それでもさわやかさは十分だ。
家の表側には、
酔芙蓉のピンク花が上品な色合いで咲き始めた。
酔芙蓉はその名が示す通り、
白い花が酒に酔った感じにピンクに変化する。
満開になれば、その優しさを満喫できる。


ところで寒くなれば、
子供のころの「コクバかき」が思い出される。
かまどの焚き付けのために、
山を覆うコクバを竹熊手でかき集め、
まとめてワラ紐でくくったものを背負って山を下りる。
確か子供の役目だった。
隣近所の子供らが一緒に山へ上がり、
コクバ掻きの競争をしたものである。
落ち葉やコクバに足を滑らせ転げながら、
キャッキャッ嬌声を上げて、
コクバ掻きも遊びに化した。


風呂のかまどへ薪をくべ、
焚き付けにコクバを使ったが、
コクバは気持ちよく燃え上がったものである。

img006.jpgスイフヨウ1.jpgスイフヨウ3.jpgスイフヨウ2.jpgスイフヨウ4.jpg

矛盾?

矛盾?
夕方7時から始まる
ねひめ広場運営会議出席のため、
久しぶりに町へ出た。
イオンモールで行われるラジオ体操が
朝10時10分なので参加すべく、
朝から家を出た。
ラジオ体操も久しぶり、
コロナ馴れしたのか、
参加者の数が結構増えていた。
一人でやるよりは、
多くの人に混じってやる方がやりやすい。
水曜日ということもあり、
やはり高齢者のたまり場である。
田舎で人が寄り合う場はその傾向が顕著である。
夕方7時から参加した会議も、
例外ではなかった。
施設を賑やかに活性するための何かをやって
市民を呼ぼうの種子で始まった会議だが、
賑やか市区するのは、
あ貼り若いパワーが必要である。
しかし現実は……?
田舎町は衰退するしかないのかもと思い知らされながらも、
なんとかしたいと願う
市民有志が集まっているのは確か。
それにしても、同じ広場の一角に図書館があるので、
静かにという制約がある。
賑やか市区したいのに、静かにやれって、
いやはや難問だなあ。(笑)
なんとかしなきゃあ始まりませんね。
img015.jpg体操世界ざ.jpg

イチジクを食らう

『ねひめっこポッケ』(まちライブラリー加西通信)の
秋期号をプリント。
なんとかねひめ広場運営会議に間に合った。
今日夕方7時からの運営会議、
男性のための料理教室イベントの最終報告である。
施設の改修工事が年末まで続き、
イベントも縮小せざるを得ない。
それでもやめるわけにはいかない。
小規模でも続けていかないと、
運営会議自体が消えてしまいかねない。
故郷の活性化への努力を、
水の泡にしてしまうのは心外だ。
とにかく、
広場に賑わいをとのテーマを守らなければと思う。


家の裏手の畑の隅に育つ
イチジクの木に実がついていた。
条件が欠けているのか、
小ぶりの実だが、
熟れれば同じことだ。
ところでイチジクを食べとと薦めると、
薄目や妻はドン引きする。
手や口元が汚れるのを嫌うのだ。
つまり、
イチジクは私一人が食うことになる。
イチジクは小さい頃からの大好物。
ひとりじめは願ったり叶ったりなのだ。(大満足)
img035.jpgimg043.jpgimg044.jpg

竹と戯れる?

畑も冬を迎える準備に忙しい。
イノシシやシカの害を防ぐために、
周囲を囲む柵も手なおしの必要がある。
そこで竹を切りに山へ入った。
柵の支柱に使うためだ。
自分の背丈ぐらいに切り分けた竹を家へ運び、
四つ割りにする。
ナタを使うために、
足の踏み台を使うわないと、
竹のてっぺんに届かない。
しかし数十センチの踏み台に上がると、
足元がおぼつかない。
年をしみじみと感じる瞬間である。
なんとか事故なしに負えられたが、
かかった時間は若いときの数倍?(ヤレヤレ)

明日は早速トタンを並べて柵作りに入るぞ。

img049.jpg竹林102.jpg竹林103.jpg竹林4.jpg竹林101.jpg竹林202.jpg

深夜のキッチン

深夜1時半、
眠れないので、
お好み焼きとプリンを作ってみた。
とろろを冷凍していたのと強力粉を突き、
かなりもちもち感のあるお好み焼きである。
天カスは粉を説いたのを油に散らした自家製。
これを淹れるか入れない赤でかなり味が違う。
プリンは誰もが絶賛してくれる代物。
焼きプリンではなく、
湯せん形式に仕上げたもの。
昨日作ったパンケーキと、お好み焼きは冷凍保存。
いつも交互に食べている。
暫く小腹がすいた時に困らずに済むだろう。
深夜のキッチンは、
夜型人間の私には欠かせないのだ。

最近断捨離を思いついて、
もう何度目になるかどうか。
いつも中途半端に中断してしまっている。
今回も自信はないが、
とにかく手を付けてみた。
そこで発見したのが,
サッポロビールのキャンペーンに応募した
ヒトコマ漫画。
(へー、こんなの描いたんだ)
すっかり忘れていた入選作品に実って、
またまたまた、断捨離は中断である。(苦笑)

プロントコーポレーション1.jpgプリンター市場.jpgimg035.jpg

ふるさと自慢

コープこうべの
月刊誌「ステーション」11月号の特集に、
「もっと知りたい加西のまち」が
掲載されている。
北条の宿、法華山一乗寺、北条鉄道など、
加西の名勝・名物が網羅されている。
地元に暮らす私には嬉しい情報だらけといっていい。
ただ残念なのは、
我がムラ、畑町の注目スポットが
抜け落ちているのが悔しい。
山に囲まれた超田舎だが、
豊かな里山に点在する
歴史が育んだ名勝名跡をたどる
散策道が整備されている。
自然にどっぷりつかり、
思い切り楽しみ癒されてほしいと願っている。
とはいえ、
膝や足が痛むようになった今、
img043.jpgimg046.jpgimg047.jpgimg045.jpgimg044.jpgimg048.jpg道はきついきつい。(笑)

秋祭り

例年だと秋祭りの時期。
中止になるとやけに寂しいものだ。
といっても秋祭りが特別なわけではない。
二人の息子は
10年来まつりのために帰郷していない。
仕事やなんかがあるとは理解するが、
気落ちせざるを得ない父親である。
大学生のころは、
必ず帰ってきてくれていただけに、
ことさらこたえる。

一枚の写真がある。
高校生の長男は担ぎ手、
小学生の次男坊は乗り子として参加した秋祭り。
父親の私もまだ現役の担ぎ手として、
親子3人揃い踏みが実現した記念の秋祭りになった。
豪華絢爛な祭り屋台のかき棒に乗っかった父親を挟んで、
子供たちの勇姿(?)
もうあの時は戻ることがない。

この先いつ親子の揃い踏みができるだろうか?
遺影になった父おやを囲む子供ら……
それが現実なのかも知れない。
それでも子供らが無事に過ごしていることを、
心から願う父親なのだ。(ウン)

庭の酔芙蓉が
二輪三輪と賑やかに花開き始めている。
見つめたまま時間を忘れられる、
平穏な日々があることに感謝したい。
img042.jpgスイフヨウ.jpg

こりゃあかんわ

今年は保有米を
地元の営農組合から購入した。
勿論新米である。
数年前までは
自分も栽培していたひのひかり。
美味なのは熟知している。
家族が多いときは、
30キロ袋15袋を
自家米にしていたものだが、
今や家族3人、
先月まではスーパーで5キロ袋を購入して、
賄っていたが、
今回は
1年に30キロ袋2袋と見積もって
買い求めた。
きのうはスーパー分が底をついたので、
精米機にかけることにした。
コーナンの駐車場の片隅に設けられた
セルフ精米機を利用した。
30キロ300円で済む。
久しぶりにコメ袋を抱え上げたが、
やけに重い。
なんとか搗き上げて持ち帰ったが、
家の中へ運び入れるまで、
いやはや腰は痛い、
膝や足は思うように動いてくれない。
やっとこさ運び終えて、
暫く座り込んでしまった。
米は冷蔵保存するために小分けしたのは言うまでもない。
去年までは軽々運んでいた記憶がある。
やはり加齢のせいだな。
米の重さに年がプラスされたのだ。(ああ~情けないなあ)
とにもかくにも、
新米のご飯はうまかったのが救いである。(苦笑)

img041.jpgコメ袋1009.jpg

松茸の記憶

秋を迎えていつも思い出すのは、
亡き兄の底抜けな笑顔、
そして得意げな顔……、
底意のない素朴な性格は、
誰からも好かれていたっけ。
家に閉じこもりがちの弟とは対極的に、
野人ともいえる
超アウトドア(?)人間だった兄。
夏はクワガタの穴場を熟知して
走り回っていたし、
秋になると山を駆け回り、
松茸やシバハリなどを
籠一杯収穫して帰ると、
家族に賞賛されては、
(どんなもんや)って得意顔になったものだった。
そにある底抜けの笑顔は最高だった。
「ほらそこにあるやろ」
外に出たがらない弟を引っ張り出しては、
松茸が群生してるところに誘うと、
思う存分取らせてくれたものだ。
傍には愛犬タロが
必ず「ハァーハァー」言っていたなあ。

両親と唯一の兄弟がみんな鬼籍の人となって以来、
何かにつけて思い出して胸がいっぱいになる。
きっと幸せにあふれた日々だったのだろう。

庭の木々が色鮮やかになってきた。
赤カナメに百日紅、酔芙蓉……
今もまた幸せなんだと思っている。
もうしばらく
その幸せに包まれた人生を
謳歌してみるかな。(笑)

img039.jpg松茸の土瓶蒸し2.jpg松茸の土瓶蒸し.jpg

イベント決まる

ねひめ広場は工事中だが、
ねひめ広場運営会議で
企画に上げていた、
「男性のための料理教室」の、
実施日が決まった。
12月21日AM10時開始である。
諸条件をクリアすれば、
年も押し迫った時期になってしまうのも致し方ない。
目標ができれば、
やっとやる気になれるというもの。
根がナマケモノだから、
スケジュールが決まらない宙ぶらりんでは、
やって無駄になれば骨折り損であると考えてしまう。
しかし決まれば、
万全を期すために時間が惜しい。

庭の一角に植えていた
レモンと蜜柑の木に、
青い実が顔を出している。
去年と違い、
かなりたくさん実っている。
収穫の日に、
黄色いレモンと顔合わせするのが楽しみだ。

img040.jpg南極観測船あ.jpg南極観測船IMG_20201004_092317.jpg

ふかし芋

家の裏手にある畑に出ると、
すぐ目に付くのが、
サツマイモを植えていた一角。
だいぶん前にイノシシに掘り返されてから、
彫っておいたのだが、
葉が茂って覆いつくしている。
確か二年前も同じだったっけ。
彫ってみると、
小さい芋がついていたのを思い出す。
多分今回もついているのだろう。
つよい生命力に改めて驚く。

そういえば、子供のころ、
秋になると連日
ふかし芋を食べさせられていたのを思い出す。
当時はポテチみたいな袋スナック菓子はなかった。
おやつといえば、
旬の収穫物である。
中でもサツマイモをふかしたのが多かった。
吹きあがった熱々に塩を振りかけて食べた。
翌日から暫く
その残りの芋がおやつになった。
熱いふかしたての時と違って、
なんとも味気ない芋をもさもさと食ったものだ。
サツマイモはふかしいもの印象しか残っていない。
焼きイモなど、
焚火をしながら焼かれたものしか思い浮かばない。
家庭内で焼きいもは
面倒くさかったのかも知れない。
沢山の芋を一度に蒸しあげられる重宝さに
勝てなかったのかも。
今は焼きいもしか食べない。
ふかし芋は記憶の底へ追いやってしまっている。
冷えた残りふかし芋のまずさが、
頭にこびりついているのだろう。

コスモスが、
半日しか陽が当たらない環境のせいか、
ようやく2~3輪ほどの花を見せていた。

img038.jpgコスモス1.jpgこすもす2.jpg

まちライブラリーから

紙芝居と読み聞かせ、朗読の練習を始めたが、
コロナで自粛していたツケが鮮明だ。
口が回らない。滑舌の悪さ、腹式呼吸……問題点だらけ。
とにもかくにも、じっくり取り組む必要がありそうだ。


ところでで新装なったまちライブラリーは、
木たる10月10日に創設記念祭をやることにした。
展示会と紙芝居の実演などプログラムを組んだ。
さあまた気を引き締めて頑張るかな。

img036.jpgまちライブラリー奮闘中4.jpgまちライブラリー奮闘中2.jpgまちライブラリー奮闘中1.jpgまちライブラリー奮闘中5.jpgまちライブラリー奮闘中7.jpgまちライブラリー奮闘中8.jpgまちライブラリー奮闘中99.jpgまちライブラリー奮闘中101.jpgまちライブラリー奮闘中6.jpgまちライブラリー奮闘中3.jpg

まちライブラリー奮闘中

昨日今日と
ライブラリーの再整備にかかっている。
蔵書も100冊余り増えたので、
三段組の本棚を加えた。
児童書の専用書架を設けてみた。
片田舎のまちライブラリーも、
まだまだ頑張っているところを見せたい。

ロフト風のライブラリー・アトリエも手を加えた。
展示の内容も充実させたつもり。
来月から、月一で
「つねじいさんの紙芝居ライブ」を再現する。
日本と世界の昔話の定番紙芝居と、
地元の伝承話を紙芝居化して実演をもくろんでいる。
人生もっと楽しんでいこう!(少し気負い過ぎかな?笑)

庭の花に、
新しい顔が増えつつある。
ライブラリー憩いの場としての、
庭の手入れも並行している。


11月には1グループの来訪が決まった。
さあ紙芝居の稽古も開始だ。(ウン)

蛙の歌1.jpg蛙の歌2.jpg蛙の歌3.jpgうさぎさん1.jpgウサギさん9.jpg

まちあそび大学講座

かさいまちあそび大学に参加してきました。
今回は2020年3回目で、
「人を惹きつける話し方講座」
講師は
NPO法人生涯学習サポート兵庫の
山崎清治さん。
いい勉強をさせていただきました。
その年で……?と妻に笑われながらも、
興味があるものを勉強する機会は、
貪欲に挑みたいと期しています。

話す「勇気」と「自信」を、
補う工夫をするということが、
今回頭に刻んだ成果です。
果たして実行できるかどうかは、
見てのお楽しみです。(笑)

ありがとうございました、山崎先生。

img035.jpg

おひとりさまお月見

昨日は中秋の名月。
月見晴れというのか、
雲一つない好条件か、
くっきりと浮かんだ満月……
それにしても、
歯がゆいほどはっきり見えない。
スマホでうつすにしても、
大きくできるかどうかわからずパチリ。
なんとも貧相な点に近いお月さんが。
しばしそれらしい方角を見つめていると、
なぜか胸にさざ波が……。
ガサッという音に、振り返ると、
ケージ超しにウサギのレイちゃんが、
訴えかけるような目線をおくってくる。
もしかしたら、お月さんが懐かしいのかな?(まさか)
「らしくない後ろ姿」
妻や娘の揶揄いに、
抗弁する若さはもうないようだ。(ウン)

らしくないだろう.jpgimg034.jpg

月見団子

今夜は中秋の名月。
天気も良さそうなので、
朝から月見団子を作ってみた。
昨日の展示物撤収で
体に痛みが残っているが、
ええい、日本男児、頑張りました。(笑い)
みたらし1.jpgみらし1.jpg

季節の流れの中で

支払いで町へ出かけたが、
町のメイン通りの街路に
秋めいた気配を感じた。
着実に季節は流れているわけだ。

村の共同作業を含め、
5回連続の草刈りで、
体の節々が痛い。
おまけに疲れがたまり、
ブログも含めて
他のことが手につかない。
それでも何かを書かないと、
怠け賞の私のことだ。
何もしなくなってしまう恐れが強い。(苦笑)
居間明け方の4時半、
目が覚めてやむなくパソコンに向かっている。
実は今日図書館でやっている展示会の撤収日とあって、
いささか気の焦りで眠りもままならないようだ。
子供のころの、
遠足の前夜みたいなものである。(笑)

ところで、
昨日の草刈り、しっちゃかめっちゃかだった。
何と雑草の陰に隠れていたが、
イノシシの家族そろって狼藉の跡があっちこちに。
掘り起こした後がまるで土くれの池状態になっている。
雑草を刈るより、
土くれを弾き飛ばして危ないこと危ないこと。
慎重な作業を強いられ、
時間が思いっきりかかってしまった。
イノシシも生きていくためなのは分かっているが、
いやー、しんど~かった!
さて、そろそろ車の荷台を片付けて、
図書館域に備えることにしようっと。(ウン)

そうそう、草刈りで帰宅した私の目に、
ヒガンバナと
名前を知らない花のコラボが飛び込んだ。
ほっとした~!(大笑)

s102.jpgs104.jpgs103.jpgs101.jpgs106.jpgs105.jpg

眼鏡の話

昨日は村の道普請(草刈りが主)
今年は秋祭りがないので、
その準備の一環である草刈りは、
どうも調子に乗らないが、
とにかく草を刈る範囲が広いので、
とにかく草刈り機を操作し続けなければならない。
少し秋めいた季節で、
やりやすいことはやすいが、
最近痛みかけた膝をだましだましやることになった。
終わった後は、しばしぼーぜん。(年を感じる瞬間である。笑)

深夜パソコンに向かったが、
モニター画面が実に醜い。
目の老化は進むばかりである。
白内障もかなりなものになっているに違いない。
ド近眼と老眼がミックスし、
そこへ加齢が+されて、
近頃は新聞を読むのもひと苦労である。
しかし無理もない。
近眼で眼鏡をかけたのは小学5年生の時。
黒板の字が見えないから、
仕方なく眼鏡をつける羽目になったが、
漬けて黒板を見たときの感動といったらどうだろう。
字が見えるというで喜びがあふれるなんて、
めのいいひとには想像もつかないだろうな。
ちなみに5年生で使い始めた眼鏡はどんどん度が進み、
中学時代は黒縁の眼鏡で
レンズは牛乳瓶の底状態だった。
最終的には右0.01、左は0.03まで進んでしまった。
眼鏡を外すとすれ違う人の顔が
判別できないランクである。
人見知りな性格がさらにひどくなった原因は
眼鏡だったのは否めない。

近視すぎて、白内障も早くやってきた感がある。
さて、あとどれぐらい我慢できるかな?
そうそう何日か前に亡くなった父は、
80にして手術を受けている。
オビンタレ(怖がり)の私は、
目の手術と考えただけで、
逃げ出したくなる。
さて、どうしたものか。(ウウ~ン)
草刈り101.jpg草刈り103.jpg草刈り102.jpgimg033.jpg

コンタクト

娘から緊急のLineメールが!
「コンタクト忘れたから、鶏に帰るから、
家の表までもってきといて」
「やれやれである)
娘は父親の遺伝か近眼。
まあ今どきはスマホなどが原因で、
かなり多くなっているらしい。
中学までは眼鏡で通した娘も、
はやりのコンタクトレンズを使い始めた。
使い捨てなのか、
購入も箱買いである。

昔はハードレンズが主流だったと思う。
はめ外しを習得する練習に通い、
やっとコンタクト生活が始まったものだ。
結構な金額だったと思う。
だから粗末に扱えなかった。
ところが、
よく外れて落ちたりするレンズだった。
目をパチクリするだけで
ポロリなんてことはしょっちゅうだった。
不器用とあってハメるのに四苦八苦するのに、
外れるのはえらく簡単だったなあ。
一度パチンコ屋で外れたときは大変だった。
レンズの購入金額が頭にあるから、
そう簡単に諦められない。
というよりあきらめることなど端から頭にない。
「みんな動かないで」
恥も外聞もなく周囲に警告を発し、
必死に落ちているはずのレンズを探し回った。
周囲はみんな唖然としていたっけ。
そのうち手伝ってくれる人が。
当人はコンタクトが外れているから、
よく見えないから床に顔を
こすりつけるほどの態勢になった。
今考えれば、滑稽そのものに思える。
奇跡的にその時は私自身が見つけたのだ。
優しく床をさするながら、
感触にアンテナを張り巡らすのだが、
なんと手にレンズの感触があった。
お年馴れているというのか、
ある種の感が働いたのだろうと思う。

「ありがとう!」
車の窓越しに私からコンタクトを受け取った、
あわてんぼうの娘、
久しぶりに見る眼鏡姿だった。

「眼鏡の男の人大嫌い!」
と面と向かって言われた経験がある。
目が痛くなりハードレンズを外し、
黒縁の眼鏡に変えた私を見た彼女の第1声だった。
以来、結婚が決まるまでコンタクトを手放せなかった。
あれを思い起こせば、
娘がコンタクトに固執するのも分かる気がするのだ。(苦笑)

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