貧乏性

貧乏性

 冬休みのある日、三人の子どもたちを連れて実家へ行きました。
 一人娘を嫁に出し、ふだんは父と母だけの何とも寂しい生活だけに、久しぶりの娘と孫の顔見せは大歓待されました。
 第一夜はお肉たっぷりのすき焼き。美食家の父だけに、上等のお肉が用意されていました。
 第二夜は豊富な魚介類を材料にした水炊き。漁師の父が、この日のためにとって来てくれたのです。
 ところが、わが娘と息子たち、このごちそうに十分な評価を与えてくれませんでした。
 上等なお肉や新鮮な魚介は少し食べただけで、あとは野菜ばかりを、「おいしい、おいしい」と食べるものですから、さすがに父もがっくり。それに、とても不思議そうに見ていました。
 でも仕方ないんです。我が家のめったにないすき焼きは、いつだって肉は少しだけ。とれとれ野菜がいっぱいってのが普通。
 水炊きだって野菜ばっかりたくさん使っているから、子どもらにすれば、肉や魚介たっぷりには口が慣れていないのです。これ貧乏性に育っているといっていいのかも。
 だからお父さん。子どもたちはあれで結構満足して喜んでいたのです。あまり気にしないでね。と言いたいけど、まず分かってもらえないでしょう。
 でも母親としてのわたしは、そんな野菜大好き人間になってくれたのがうれしいのです。
(神戸・1992・1・20掲載)

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