諦めててにいれたもの

畑ドッグラン?で飛び回る源ちゃんだが、
ダッシュを繰り返すのを横目に、
畑仕事に集中していると、
いつの間にか傍にすり寄っている。
構ってほしいのだ。
気が付かないふりを決め込んでも、
そうは問屋が卸さないとばかりに、
源ちゃんはしつこい。
目が合うと、もう仕方がない。(甘いなあ。笑)
気になって仕事にならなくなる。
(ま、いいっか)諦めて源ちゃんの時間に飛び入り参加だ。
フリスピーで、しばし時間を忘れて遊んだ。
諦める。
そう私の人生において、
最も重要なワードである。
「できるまで頑張りなさい」
母に言われてやっては見るが、
人並みになれなかった幼児期。
とにかく運動能力に劣っている私を、
思い知らされる結果になるだけだった。
小学校に上がった時、
いや応なく強いられる体育の授業。
何もできず級友に笑われる時間を過ごした。
(出来へんもんはなんぼやっても出来ひんわ)と、
子供なのに達観してしまったのだ。
以来、できないことは諦めるという処世術を身に着けてしまった。
すると不思議なことに、
できることが増えたのだ。
選択肢が縮まり、
これならできるやんと気付きやすくなったからだろう。
「お前は努力が足らん」
そんな意見は聞き流した。
やれることをやる。
やれるから楽しめる、夢中になれる。
そして好きになる。また夢中になる。
そのプロセスを経て、
人に負けないと自認できるものを一杯手に入れたのだ。
諦めることは悪くない。
未練たらしく頑張ってみても、
出来ないことができるようになる確率は僅か。
だから諦めれば、
次の発見が容易になる。
やれることはたくさんあるはず。
それを見つける機会を作るには、
その時やっている無駄な?頑張りを捨てればいい。
単純な思考、乱暴な発想だが、
私の人生は諦めてつかんだものなのである。(大笑い)
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