山は生きている

裏山に足を踏み入れて驚いた。立ち枯れて倒れた木が山道を塞ぎ、水の流れで削られた傷跡が山の地肌に幾筋も走る。目を覆う惨状が拡がっている。
「今どき誰が山の世話をするかいな。そんな酔狂な人間がおったら、お目にかかりたいわ」
同行する父は憤慨している。高齢で足腰の衰えを隠せない父だが、もし体の自由が利けば、すぐにでも何かをしかねない勢いである。
「ここが境界じゃ。おじいさんと一緒に植えた木がちゃんと育っとるやろ」
 父が指差す方を見ると、山の頂に向かって似通った生育の檜が並んでいる。
「覚えとるか?お前も手伝うてくれたやろ」
 記憶が蘇る。半世紀も前、小学生から中学生になる時期だった。休日を迎えるたびに、祖父と父の後について山に入った。
確かにこの山だった。下草や雑木を刈り込み、檜の苗を山の斜面に植え込む作業を、いやになるほど手伝った。
「こないして植えてやったら。お前らの子供が大人になる頃、そら立派な大木になっとる」
 祖父の声はデカく、山に響いた。
「昔からこないして、みなで守って来たんよ。木を伐り出して家を建てられるんも、ご先祖様の育てた木があってこそじゃ。今度はわしらが孫子に残したる番やでのう」
 祖父は明日を見据えていた。
 苗木を山に植え込む作業はキツかった。ふもとから頂にかけ斜面を往復するだけで息は切れた。それもバケツに汲んだ水を運びあげなければならない。四苦八苦の末、ようやく終わるともう困憊状態だった。
「これから守るんはお前らの役目やぞ。放っといたら山はじきに駄目になりよる。守ってやれば、山はわしらの暮らしを守り返してくれよる。持ちつ持たれつちゅうこっちゃ」
 祖父の言葉は、しっかりと記憶に刻まれた。
その記憶もいつの間にか脳裏の片隅へ追いやられた。大人になると、山は遠い存在になった。向き合う余裕がなくなったというべきだろう。時代の変化で経済的価値のなくなった山は、生活最優先のなか、無視されるのは当然の流れだった。
その結果が目の前の惨状を生みだした。もはや一人の力でどうにかできるものではない。
 村の寄り合いで里山整備の話が出た。山の崩壊は、放っておけない域にまで達していた。危機感が村を動かした。県の補助を得て、荒れた山の整備へと舵が取られた
 整備がなされた山に、町から訪れる人たちは日ごとに増えている。荒れはてた山に散策道が開かれ、山は生き返った。祖父が孫に託した山は、形を変えて次の代へ引き継がれることになった。
年に一度、総出で山の整備を図る村。山を守ろうという意識が住民の間に芽生えているのを感じる。危機感が一つになり、豊かな里山への展望は開かれた。祖父や父が求めた山の未来は、新しい時代への変貌を遂げている。

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