あの日あのとき

「MBSです。
角淳一のトーク番組で
『禁煙喫茶店』の話題を取り上げたいんですが」

 いきなり喫茶店を訪れた男性の申し出に
あっけにとられた。
角淳一の深夜番組は
仕事終わりによく見ていた。
その人気番組から声がかかるなんて……
夢見心地で取材を受けた。

 MBSのスタジオで、
上岡龍太郎や桂文珍ら
そうそうたるメンバーと
対峙する席に着いた。
雲の上の存在だった相手の
質問や意見に上気しながらも
なんとか受け答えた。

 すぐA放送から出演依頼が来た。
桂春潮と上沼恵美子の『夫婦善哉』という
ラジオ番組だった。
これは妻と一緒に出演した。
酔狂な夫を持った
妻の苦労話を聞く趣旨だった。

「見たよテレビ。
ノックさんと話してたやん。
うらやましいわ」
「上沼恵美子さん、
やっぱりきついひとやなあ」
「春潮さん、
やっぱり痩せてはるん?」

 しばらく
知人友人から羨ましがられ、
質問攻めにあい、
うれしい悲鳴を上げ続けた。

 祭りの賑わいも
ほんのつかの間だった。
また刺激のない
普通の生活が戻った。
ただ『禁煙喫茶店』で苦闘する現実は
ちゃんとあった。

 しばらくは『禁煙喫茶店』の物珍しさや
賛同する新規のお客さんで賑わったが、
それも長くは続かなかった。 

「なんやたばこ吸えへんのか。
喫茶店は
たばこを一服するとこやで」

 常連のお客さんは
皮肉を口にして、
ぷっつりと足は遠のいた。
考えてみれば、
店内はたばこの煙が
常に満ちていた。
男性も女性も
たばこをプカプカやっていた。
それを一方的に
駄目だといいだした喫茶店である。
見限られて当然だった。
毎日の売り上げは
目に見えて減った。

「もうあかんなあ」

 食事メニューの充実など
テコ入れは何度もやったが、
客足は戻らなかった。
喫茶店をやる気力さえ
失いつつあった。

「またたばこが吸える店にしたら
元の木阿弥や。
どうしようか?」

「もう思いきったらええやんか。
赤ちゃんのために
精一杯頑張ったんやし、
後悔せーへんやろ。
お店閉めよ」

 その言葉を待っていた気がする。

「わかった。
収入のええ仕事見つけるか」

「うん!」

 決断は簡単だった。
先の見通しも立たない現状を
前にしながらも、
不思議と気持ちは明るくなった。
さっきまでの暗鬱なものは
どこかへ掻き消えていた。

「残念です。
禁煙喫茶店は
時期が早かった
いうことですね」

 A新聞の記者だった。
閉店の連絡をすると、
急いでやってきて
取材を始めたのだ。

「そいでも
一年頑張りましたわ」

「奮闘努力の
甲斐もなく~♪ですね」

 記者も明るかった。

「家族のために
まだまだ頑張らなきゃって
覚悟してますねん。
子供三人、
なんぼあっても足りませんわ」

「そうやね。頑張ってください」

 なぜか笑ってしまった。
記者もつられて笑った。

「またどこかで
禁煙喫茶店を再開しはったら
すぐ連絡ください。
バッチリ書かせてもらいます」

 記者の言葉がうれしかった。
「もちろんです!
そのときはよろしくお願いします」

 深々と頭を下げた。

 朝刊の地域欄に
『禁煙喫茶店惜しまれながら閉店』と
紙面の半分ぐらいを占めた
記事が掲載されていた。
記者の律義さが有り難かった。

 アルバムの最後のページにある
切り抜きの記事は
古い色合いに染まっていた。
(おわり)
画像




 






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朝日新聞出版
高野美香

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