おい、おい、老い!・8

隣り合わせたソファーに、辻本はドカッと尻を下した。

「お?七番におるやないか」

「シー。声が大きいで」

「かまへんわ。年寄りのいうことなど、誰も聞きよらん。

そないな物好き、おるかいな」

 小柄な体に似合わぬ大きな声を出す。

「キツネ、元気そうやのう」

 七番レジのの女性を、哲郎と辻本はキツネと呼ぶ。

彼女はキツネ目をしている。

 レジには、ほかにタヌキがいる。

イタチもアライグマも。

哲郎と辻本にかかっては、動物園扱いである。

しかし実害があるわけではない。

むしろ年寄り二人がリピート客になるのだ。

歓迎されて然るべきだろう。

「ちょっと売り場回ってみるかい?」

 辻本が尻をあげた。

せっかちな男である。

「行ってもええけど、時間、まだ早いど」 

 哲郎は柱の時計を振り返りながら言った。

 三時十五分。

三十分が過ぎると、弁当や総菜の値引きが始まる。

まず貼られるのは二十パーセント引きのシール。

それは序の口で、四時まで待てば、二十パーセント引きが半額になる。

哲郎らにはそれが買い時となる。

「そうけ。

ほなちょっとゆっくりすっかい」

「慌てるもんは貰いが少ないんやぞ」

 哲郎は上げかけた尻をさっさと元に戻した。

目はレジのキツネに向けたままだ。

「あんたは、目当てが違うさかいのう」

 辻本はショッピングカートを掴んで大儀そうに座った。

小さい頃から足が不自由なのだ。

「タヌキは、もう帰ったんかいなあ?」

「いっつもキツネと入れ違いやさけ、交代して抜けたんやろ」

「ほな、わしの方は楽しみあらへんがい」

 辻本はタヌキのファンだった。

「別嬪さんやろが、あのレジの女の子」

 辻本が視線を送った先にタヌキがいた。

 哲郎がISスーパーに足を向けたきっかけは、定年退職。

何もせず家でゴロゴロするのは一週間も続くと飽きる。

もともと貧乏性なだけに、じっとしているのは性に合わない。「ISに行ったらどないなん。

気が紛れるで。家電売り場はあるし、おなか減ったらフードコーナーで食べたらええ。

便利やんか」

 妻は夫のイライラを察知していた。

小遣いを二千円持たし、哲郎の背を押した。

 フードコーナー前の通路に置かれたソファーでぼんやりしていると、辻本がひょうひょうとやって来た。

「隣、あいとるかいの?」

「ああ、どうど」

 哲郎は尻をちょっとずらした。

「おおけに。カート押しといても、しんどいわ。

ん?あんた見かけん顔やのう」

 辻本は気さくに哲郎の世界に踏み込んできた。

抵抗なく彼に合わせる。

「どや、食品売り場に行ってみぃーへんか?」

 辻本はスマートフォンで時間を確かめると誘った。

「四時になったら、弁当が半額になりよる」

 ひょこひょこカートを押し歩く辻本を追った。

半額弁当が気になる。

これまで買う機会はなかった。

どういうものなのだろう?

「あちゃ!ちょっと早かったわ。

まだシール貼ってないのう」

 辻本がのぞき込む弁当の陳列棚に、二十パーセントの値引きシールが貼られたとんかつ弁当が五個ある。

「早い時もあるねんけど、今日は遅れとるわ」

「へえ?」

 すべてが目新しかった。

働き蜂だった哲郎に、スーパーの買い物など殆ど縁はなかった。食品売り場は男が足を踏み入れるところではないと信じていた。その封建的な思考は、田舎で育った団塊世代に多くみられる。

哲郎も例外ではない。

「ちょっと時間待ちしょうか」

 辻本が向かったのはレジ前の休憩コーナー。
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