封印された夢

封印されたもの

「これ、なーに?」
 末娘が訊く。倉庫の片付けは半ば。埃をかぶった段ボール箱が、彼女の視線の先にある。
 十字に紐で頑丈に結び補強した箱。開けると、出て来た原稿用紙の山。思い切りよく書き殴った鉛筆文字の『生原稿』。
 記憶のページをめくるまでもない。決して忘れないものを閉じ込めてある。
「とっても大事なものだ」
「大事なもの?とっても?おとうさんの?」
 興味をさらにそそられている。八歳になる娘の純粋無垢な疑問。そこに懐かしく過去の自分を見る。あの日までの私と同じ。
 
八年前。授かった四人目の子ども。何層倍加した親の責務が決断を迫った。
「もう余所事してられんよ。つついっぱい稼いで貰わな、ねえ」
 火の車の家計を懸命に切り回す妻の訴え。そのすがるような口調と反した笑顔が、もう否応をシャットアウトした。
 夢の封印。無期限だ。迷いを払拭した。未練はかなぐり捨てた。そう、アッサリと。家族と仕事以外の邪魔っけなものを、一切合財段ボールに詰め込んだ。

「見たいか?」
「うん!」
 弾んだ娘の返事。応えてやるしかない。
 紐は容易にほどけない。滅多矢鱈に結んだ。二度と解けないように。あの日の覚悟がそこにある。
 カッターで紐を切り離す。
「ワーッ!原稿用紙がいっぱいだ。すごい!字が沢山詰まっている。これ、おとうさんが書いたの?」
「うん。おとうさんが書いたんだ、みんな」
 埃の匂いの向こうに、いま蘇る。八年間、閉ざされ続けた夢の残滓。胸が熱い!
「おい。すず実の一番やりたいこと、なんだ?」
「ヴァイオリン!」
 二年前に習い始めた。いま面白くて夢中だ。
「これが、おとうさんの……」
 箱の中味を指差す。娘の首が傾ぐ。
「一番やりたかったものだ。お話を創る。おとうさんの本を作る。……結局、ダメやったけど…」
 ため息を吐いた。挫折した日の記憶を絞り出すのは辛い。
「そんなことないよ!おとうさんの作品、こんなに、こんなに沢山あるじゃない」
 娘の目がこっちに向けられて輝いている。
 素直さ。夢の核だ。核を失わなければ、勝手に育つ。立派な真珠になる。  

 箱から核を取り出す。ワクワクドキドキと、娘に見守られながら。
(日本文学館『夢世界へのメッセージ』収録)

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