二年目の春ーそして・その2

「わしらもやるか?」
川沿いにある湯口家の田圃は、昨年刈り取ったままに稲藁が散らばっていた。コンバインを導入するまでは、束にした藁を積み上げた坪木の点在した田園風景だった。それがすっかり様変わりして、完全に風情は奪われた。
藁が重宝がられた昔、といっても慎三が子供の頃だから、まだ三十数年しか経っていない。それが、いまや藁は稲刈りの際にコンバインにより細切れにされて田圃に撒かれる。後は荒起こしで鋤き込まれてしまう運命が待っている。野菜の敷き藁にすべく少し除けておいたものが、取り込むのを忘れられて、腐りかけていた。表面は乾いて見えるが、下になって隠れた大半はひどく水分を吸って湿気ているだけに、ほんに始末が悪い。
慎三は松明の火を藁の乾いた部分に移した。パッと燃え上がりはするが、すぐにくすぼってしまう。焦れったい燃え方だった。
「程らいにしといて、ええで」
 藁を燃やすのにてこずっている慎三を思いばかった雅樹は苦笑しながら指示した。
 今日の目的は畦焼きである。厄介な田圃焼きにあぐねていては、全く作業は捗らない。ムラ中の四方から三々五々集まって来て一斉に焼き上げる、溜め池の大きな土堤まで、とても時間通り辿り着けない。
 雅樹は器用に畔の枯草に火を移していく。上部から火をつければ、その部分が燃えて終わりだ。下側の枯草から火を投じると、うまい具合に枯れた草を燃え伝い、火は風を呼び上方に向かって駆けのぼる。
 慎三は負けん気を顕わに、足早に兄を先行して畦を焼いた。慎三はいつも兄のすることに競争心を持ってしまう。所詮勝てる筈がないのに、懸命になった。子供時代から繰り返して来た無意味な闘いだった。
 山の方へ畦焼きが進むに進むにつれて、所々方々から竹製の愛末を手にしたムラの連中が集まって来た。
「ちょっと休憩しよか。あっちゃはもう休んどるがな」
 誰かが上げた声に、みんなはホッと身体の力を脱いた。てんでに好きな場所を見つけると、無造作に尻を落とした。煙草の煙があちこちに立ち昇り、とりとめもない世間話が始まった。
 来年にも始まる圃場整備の話から、どこそこの誰ベエが交通事故を起こしたとか、損害保険の申請やら、税金の愚痴まで多岐に渡っていた。とりわけ他人の噂話は盛んに飛び交った。
 慎三は世間話を楽しむグループの仲間入りをする気もなく、ボーッと孤独に遠くを見やった。向こう側に陣取った連中は、寝転がっているものから、立ち小便をしているものまで様々だった。慎三は無意識に煙草を銜えた。
「何しとるん?」
 世間話の輪の中にいた筈の雅樹が、いつの間にか心臓の傍に来ていた。
「別に」
「お前も話に入ったらどないや」
「無理なこと言うなよ」
「無理や言うたかてのう。お前も、ここで暮らしていくんや。慣れていかな、なあ。自分から入っていかんと誰も相手してくへんぞ」
「そのうちに慣れるわな」
 そっけない慎三の対応に取りつく島もない恰好で、頭を振り弟から離れた雅樹は、元のお喋り仲間の輪に戻った。
 雅樹の言う通りだろう。田舎では習うより慣れろが最優先である。慎三は子供時分から仲間と群れるのを避ける変わり者で通っていたが、あの頃は将来外に出ていく立場の三男坊。誰も本気で慎三の変人ぶりを気に掛けるものはいなかった。
 今は違う。新宅を構えれば、このムラの一員である。だからといってムラの連中の方からおべっかを使って近付いてくれはしない。飽くまでも慎三が進んで妥協していくしか、真のムラ入りはあり得ない。
 一時間以上もダラダラと休憩は続いた。慎三は心の中で、やるなら早くやっつけちまったらどうなんだい!と、何度も自分に毒づいた。
「そろそろやりまひょか」
 年嵩の男たちの顔色を窺うような素振りで、隣保長が声を上げた。それを潮時にノロノロと立ち上がったムラの連中は、てんでに青竹の松明に火を点けた。灯油の滲みたボロギレに炎がポソッとともった。
 一度休んだ身体は、やはり怠け者に戻るらしい。畦焼きはなかなか元の調子を取り戻せないまま、なんとか惰性で枯草に火を放っていく。作業とお喋りを閉口させる器用なのや、焦げた青竹を肩にかついだまま、火を点ける気配もなく、のんびりと歩いている、実に要領のいいヤツだって何人かいる。それでも集団になって動けばやはり凄い。一人一人の動きとは関係なく畔の法面は焼け跡が増える。
 高さは五メートル近くあるかも知れない。幅は二、三十メートルといったところか。或いはもっとあるのかも知れないが、慎三に目測は無理だ。山裾のように広がった斜面を持つ溜め池の土堤を、恍惚たる風情で見上げるムラの連中に興奮はなかった。慎三は興奮を少しばかり覚える自分を恥じた。
(続く)
(1994年10月29日神戸新聞掲載)

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