家族・その3

「ええ具合にたけとるがいな。さすがお父さんや、年季が入っとるで」
ヤスエはケラケラと笑った。まさか年季ですき焼きの味が決まるとは思えなかったが、誠治は父親に感謝した。気のつかぬ家族と勘違いし、腹を立てた自分が恥ずかしかった。
「さあ、顔が揃うたんやで、早速頂こうかいな。誠治、そちらさんにもはよう席について貰うてからに」
ヤスエは性急に進めた。いくら裏切られようと、ヤスエは息子が連れて来る相手を、いつでも最大限の用意で歓待してくれた。
誠治の兄、俊晴とその妻の比呂美も顔を見せて、田島家の賑やかな夕食は始まった。
「今夜は冷えるで、熱いだけでもご馳走じゃ」
 照正は熱燗を独り占めして、やけに明るい。彼以外は誰も吞めるものがいない田島家の夕食は、普通ならお通夜に近い雰囲気で、ただ黙々と飯をかき込むだけだったが、三千代の存在は場を明るく変えてくていた。
「味付けが合わなんだら遠慮のう言うてや」
「ええ。でも美味しいです。、本当に」
 三千代は嬉しげに答えると、それを証明するかのように、セッセと箸を進めている。
 誠治はチラッと母親を窺った。三千代に対する反応が気になったからである。
 ヤスエは静かに食べていた。それが長い慣習になっていて、食事時にはしゃいだりすることは滅多にない。可もなく不可もない顔付きでいるヤスエに、誠治は内心ホッとした。
 外に出ると白いものが散らついていた。やけに冷え込んでいた筈である。今年初めて見る雪は、門灯にボーッと照らし出されて、幻想的だった。まるで蛍の乱舞だった。
「きれい!」
 三千代は目を見張って立ち尽くした。その愛くるしいまでの撫で肩に誠治は手を置いた。
「おう!もう降り出しとったかい?今年は早い雪やのう。こら、積もりそうやで」
 照正は玄関から首を伸びるだけ伸ばすと、顔を覗かせて言った。
「へえ、はや雪かいな」
 俊晴も感心したように声を上げて、三和土まで出張って来た。ゾロゾロとヤスエも比呂美も、興味津々といった態で後に従っている。
 誠治が振り返ると、放心げに舞う雪を見上げている家族の顔が揃っていた。急におかしさがこみ上げて来て、クスッと噴き出した。
 その気配に三千代が敏感に振り返った。
「まあ!」
 微かな驚きの声を上げた三千代は、すぐに口元を緩めた。明るい笑顔だった。誠治と顔を見合う格好で、若い二人のちいさい笑い声は共鳴し、溶けあって続いた。
「気ィーつけてな、三千代さん。誠治、ちゃんと送ったげるんやで。あんたの花嫁さんなんやから。ほな、三千代さん、また来てくださいな」
 ヤスエは何度も頭を下げて、三千代を見送った。今度こそ、息子に幸せが間違いなく来るように……!と切実な母の願いが、その姿にはあった。誠治の胸のうちに熱いものがみるみる溢れた。
 雪が散らつく中を、照正は上機嫌で車までついて来た。しこたま呑んだ酒のせいもあっただろうが、彼の赤らんだ顔には、それ以上の意味合いが込められていた。
「三千代はん。頼んないヤツやけど、よろしゅうになァ」
 運転席の窓越しに照正は妙に甲高い声を出した。酒臭い息が誠治の顔へまともに吐かれたが、誠治はあえて避けようとしなかった。
「こちらこそ。お父さま、今日は本当にご馳走になりまして、ありがとうございました」
「いやいや、なんも歓迎でけなんでのう、申し訳なかったわい。ハハハハハ」
三千代のさりげない挨拶に、照正は、こんな嬉しいことはないと言わんばかりに、赤い顔を一掃赤くして笑った。
(続く)
(1990年12月22日神戸新聞掲載)

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