テーマ:小説

小説(1995年作品)帰って来たヒーロー・2

黒木の後釜に入ったのは、名古屋Sホテルでセコンドチーフだった大杉である。チーフに昇格した大杉は使いやすい忠実な自分の部下を引き連れて移動してきた。そうなると、誠の存在は自然と浮き上がる形になってしまった。  黒木チーフのもとでは、セコンドチーフに手がかかるストーブ前前まで順調に昇進してきた誠だったが、もはやセコンドチーフの道は閉ざされ…
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小説(1995年)・帰って来たヒーロー・1

結局辞めるはめになってしまった。  あれほどの夢を抱き、十年は帰らぬと腹をくくった上京だったのに、やっと目標を半分過ごしたところで力尽きた格好になった。  氷見誠は、東京を引き上げる前に、この春まで世話になった黒木のマンションを訪ねることにした。関西から上京してきた誠を、この五年間、公私に渡って面倒見てくれた黒木は、ホテルを退職した…
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ストーカーもどき・5(完結)

「おい。 あのこの目。 吊り上がっとるど」  レジを通った辻本は 性急に報告した。 まるで鬼の首を 取ったかのように 顔を輝かせている。 また 対抗心がムクムクと 頭をもたげた。 「そない吊り上がってないで。 可愛いキツネ目や」 「ほうけ。 わしの好きな…
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ストーカーもどき・4

「ただ最近はみんな考えることは一緒で、競争相手が増えて、なかなか手に入らん。シールを貼るスタッフに金魚のふんや。貼られたはなから買い物かごに入れよる。ほんまがめついおばはんやで。それもようけおるわ」  がめついのは、辻本も同じ穴の狢だ。 「あれ、別嬪さんやろ……!」  十一番レジが辻本の視野にあった。 「まあ……そやけど、化粧が…
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ストーカーもどき・3

「隣、 あいとるかいの?」 「ああ、 どうぞ」  幸平は 尻をちょっとずらして 空きスペースを広げた。 「おおけに。 カート押しといても、 しんどいわ。 あんた見かけん顔やのう」  辻本は気さくに 幸平の世界に 踏み込んできた。 幸平は抵抗なく 彼…
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ストーカーもどき・2

「ちょっと 売り場 回ってみるかい?」  辻本が尻をあげた。 せっかちな男である。 趣味が株取引だから、 少しの時間も 無駄にしたくない きらいがある。 幸平と知り合い、 かなり 柔軟になったとはいえ、 まだまだ固い。 「行ってもええけど、 時間、 …
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ストーカーもどき・1

どうも ツキから見放されている。 何をしても 想う通りの結果には至らない。 歯がゆい思いを じーっと我慢する時期なのだろうか。 また心を癒されに、 あの顔を拝みに行くか。  大谷幸平は イオンタウンに向かった。 売り場に回ると、 レジ前に設けられた 休憩スペースのソ…
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ノベル・タイムポケット・3

「おかあちゃん。 きょうおかしな男の人にあったよ」 芳樹はいつもより饒舌になった。 母に気づかれたくないからだ。 さっき捨てた弁当の中身に。 家の裏手に狭い畑がある。 ネギが植えてあって、 食事のたびに、 母がちぎってみそ汁の具にした。 その畑の畝の一角にごみ穴がしつらえてある。 …
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調理場・その2

佳美や他のパートたちが調理場に姿を見せるのは深夜の二時過ぎと決まっている。それまでは、生ものの入らない安価な弁当の盛り付けである。ひと晩で三千食から五千食前後の弁当を盛り付ける現場は壮観である。  ベルトコンベアーが仕込まれたラインが六本。ラインの長さは五メートル以上ある。その両側にそって白衣姿のパートスタッフがずらりと並ぶ。コンベア…
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調理場・その1

坂手将太は刺身包丁でマグロの柵をひき続けた。三千台の切り数が必要だった。イカ刺しとサーモンはすでに数を切り終えた。凍えた手は神経がかなり鈍くなっている。  ゾクゾクする。足元から厳しい冷気が伝い上がる。生ものを扱う調理場だった。一年の大半は冷房を効かせた部屋となる。厳冬期はさすがに冷房は止められたが、ストーブなど暖房手段の持ち込みは禁…
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妊婦さん、いらっしゃい!(完結)

「えらい待たせてもうてごめんね」  品の備わった老婦人が、ぼたもちを盛った大皿を手にあらわれた。反射的に立ち上がりかけた彩奈を、そーっと制すると言った。 「妊婦さんは気を使うたらあかんし。もちろん重いもん持ってもあかんねんで。この時ばかりは女王様でおったらええんや、おんなは」  彩奈の怪訝な顔を見て取ったのだろう。 「わたしがこ…
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妊婦さん、いらっしゃい!・その2

「うちも息子がひとりいるから、お母さんの大変さはよく判るの。他人ごとじゃないんよ」  恵那さんはたいしたことないと受け流したが、彩奈と俊哉はいくら感謝してもし足りなかった。あれ以来、恵那さんに頼る状況に遭遇しなかった。またその機会が訪れた。 「助産院じゃ駄目?」  恵那さんは意外な名称を口にした。助産院?(産婆さんのことよね…)彩…
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妊婦さん、いらっしゃい!・その1

「どないしたんや?」  目ざとい夫の俊哉は、いつもとちがう妻の様子を気にして言った。 「うん。…なかったんや」 「え?ないって、どういうこっちゃ」 「そこ…更地になってた。近くの煙草屋さんで訊ねたら、三年前に病院閉まったって…院長先生が亡くなってすぐだったらしいわ」 「跡継ぎがおらんかったんやな。そやけど想定外や・それでどない…
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天真爛漫・その1

電話が鳴っている。  受話器に手を伸ばしたくてもままならない。この時間帯に掛かって来る電話は、いたずらでなければ余程緊急なものである。香西和真は焦る心をグッと抑えた。  ちょうど喫茶店で最も忙しい時間だった。客は二十人程度だが、一人でその注文をこなすのはきつい。大半は珈琲の注文客だが、モーニングサービスが付く。トーストとゆで卵を皿に…
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小説・ぼくらの挑戦ーそれは(完結)

末松は相変わらず酒を食らいながら、東京行きの準備をしている有子にブツブツ愚痴った。これまでのように声を荒げはしなかった。 「……娘が東京へ恥晒しに行きよんのん、止めるもどないも出来ひん父親て、一体なんやねん。情けのうて、情けのうて…世の中のやつらに馬鹿にされるんも当然やわなあ。ええか、有子。所詮部落もんは部落もんでしか分かり合えへんの…
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小説・ぼくらの挑戦ーそれは(その12)

 しかし、誠悟は彼らの本音を知っている。 「あのチョーセン、生意気な女やで……」  営業の須藤は、京子の姿が見えない時、誠悟を捉まえて、よく陰口を叩いた。そんな須藤に媚びでもするようににやりと反応した。そんな自分が内心たまらなくイヤになる。店主やほかの連中と、須藤らの差別的な陰口を注意できなくて調子を合わせてしまう誠悟も同じ穴の貉で…
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小説・ぼくらの挑戦ーそれは(その11)

「お早うございます!崔さん。早いんやなあ。やっぱり勝てへんわ」 「それだけが取り柄やからね」  京子の笑顔はいつみても素敵だ。店売のベテランスタッフだった。京子は誠悟の三年先輩にあたる。年は三十近い、えらく面倒見のいい女性で、店売の仕事を一から十まで丁寧に教えてくれた。 「やったんやてなあ、江藤くんら。スゴイやないの」 「え?」…
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小説・ぼくらの挑戦ーそれは(その10)

八月末、全国青年大会の兵庫県地区大会は姫路の文化スポーツの各施設で行われた。スポーツと文化両部門の県代表を選ぶ大会だった。誠悟のらの演劇部門は、文化センター横にある中央体育館に仮設舞台が設けられた。県下全域から十三地域の連合青年団が参加して競った。 「優勝したろとか、上手いことやったろとか、余計なこと一切考えるな。頭の中を白紙にして臨…
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小説・ぼくらの挑戦ーそれは(その9)

「ごちゃごちゃ言うとるらしいのう。ふん。差別が罷り通る現実を世の中に訴えるやと。ええ加減なことをぬかすなよ。お為ごかしは止めといてくれ。ええか。お前らみたいな甘っちょろいガキに何が分かる?何が出来る?お前らみたいに、おボっちゃん、おジョウちゃんでヌクヌクと育って来とるもんに、わしら差別されとるもんの痛みが、そない簡単に分かってたまるかい…
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小説・ぼくらの挑戦ーそれは(その8)

 キャストが決定してから初めての稽古は、何とも纏まりのないドタバタしたものに終始した。芝居のイロハを知らない連中が大半なのだから、無理のないことだった。しかし、演出の中川先生は別に怒るでもなく、えらくすました顔で悠々と見物に徹していた。若者たちが右往左往する姿を嬉しくて堪らないといった風に眺めていた。 「君らは、まるっきり自然そのもの…
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小説・ぼくらの挑戦ーそれは(その7)

誠悟が住んでいるこの町は、部落に対する偏見はかなり根強いものがあった。それは長く全く変わらぬ差別の歴史が連綿と続いている現実を裏付けている。  佐竹と同じ目にあった何人かが、やはり芝居作りを断念した。青年団員が四人、劇団『楔』のメンバーが二人で、佐竹を銜えると七名の戦線(?)離脱である。考えてみればみんな差別に起因したものだった。 …
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小説・ぼくらの挑戦ーそれは(その6)

誠悟が尋ねると、佐竹は顔をしかめた。 「なにがあったんや?遠慮せんと言うてくれや」 「…親がな…」  佐竹は重い口をやっとこさ開いた。  部落差別問題をまともに取り上げた芝居つくりに佐竹が参加すると聞かされた彼の父親は急に不機嫌になったと言う。 「ええか、マサル。よう聞け。あんなもんは、見ザル言わザル聞かザルを決め込んどくんが…
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小説・ぼくらの挑戦ーそれは(その5)

「脚本は読んだ?」 「あれはうちらがモデルなんや。前もって先生に話を訊かれたから」 「やっぱり、そやったんやなあ」 「中川先生が上手にまとめてくれはったわ。うちらが言いたい事もちゃんと主張して貰ってる」 「そうや。そうやろ。やっぱりそうやったんや」 「先生に、君らのことを芝居にして舞台でみんなに観て貰わへんか。と薦められた最初…
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小説・ぼくらの挑戦ーそれは(その4)

 いつしか誠悟は脚本にのめり込んでいた。ページを繰るのももどかしく、彼の目はひたすら行を追った。描かれた場面の情景が何とも鮮やかに誠悟の脳裡を駆け巡る。  誠悟はハッとした。そうだ、知っている!このストーリーは、ただの創作ではない。真実に基づいている。確信があった。誠悟の記憶にまざまざと刻まれた、ごく身近に起きた事件が、脚本に展開して…
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小説・ぼくらの挑戦ーそれは(その3)

 最後まで反対し続けた彩恵の伯父は、啓介の方を一顧だにせず、そう吐き捨てた。  彩恵と啓介の結婚式は、青年団仲間の祝福を受けて、賑やかで心温まるものとなった。  彩恵の実家に隣り合わせた空き家を借りて、二人の結婚生活は始まった。彩恵の母親の気遣いもあって、表向きは無難そのものだった。  だが、差別という陰湿で理不尽なものと常に…
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小説・ぼくらの挑戦ーそれは(その2)

 埃を被るだけになっていた脚本が日の目を浴びたのは、誠悟の妹、奈津実(なつみ)のおかげだった。まだ高校生だが、かなり大人びた考え方をする。誠悟が苦手にするタイプの相手だった。その妹に誠悟は仕事から戻ったところを捉まった。どうやら待ち構えていた様子である。 「お兄ちゃん、この脚本、もう読んだん?」  奈津実の手に、あの脚本があった。 …
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小説・僕らの挑戦ーそれは

ぼくらの挑戦―それは  それが自分たちの舞台で勝ち得た栄冠だということが、すぐには信じられなかった。だが、間違いなく江藤誠悟(えとう・しょうご)らが演じた芝居は最優秀賞を獲得したのだった。 「全国青年大会演劇の部に相応しいテーマを取り上げ、それを自分たちの問題としたうえでの葛藤を続けなければ、決して生まれ得ない成果が見られた舞台…
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