お餅が固くなっちゃった

固くなった鏡餅。
包丁では全く太刀打ちできない。
ハンマーをとりだしてきて、
タオルに餅をくるみ、打ち割った。
水をくぐらせてレンジにかけたが、
表面の硬さが残ったまま。
そこで一晩水に漬け置いた。
きのう夜ぜんざいに入れて炊くと、大成功!
家族も「美味しい」と舌打った。
わたしもぱくつきながら、
たたき割るのにしびれた腕を思い、
内心(どやねん)と胸を張っていた。(笑)
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年賀状

きのう賀状が1通届いた。
従姉からだった。
これでこの正月に届いた賀状は7通。
従姉ともう2通以外は業者ばかり。
年賀状断ちした1年目。
やっぱり寂しい。
三が日はlineとメールを、
しょっちゅう開く羽目になってしまった。(笑)
子供の頃、
元旦に届く年賀状を兄と取り合ったのを懐かしく思い出した。
輪ゴムで止められた賀状の枚数はすごかった。
とはいえ私のものは10数枚。
兄が賀状の束を手にしているのが本当に羨ましかった。

朝からかきあげを作っておいた。
保存しているサツマイモなど、
自家野菜の消費期限が気になるからだ。
これで夕飯のおかずは間に合う。
天婦羅つゆも作りおく。
業務用で買い置いている乾麺のうどんと中華麺も湯がいておく。
かきあげ丼、かきあげうどんなど、
なんでもお好み次第に食べられる。(うん)
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2022年よろしく!

いよいよ2022年が始まった。
1月に予定されている加西風土記の里ウォーク 、
新春ハイク国宝法華山一乗寺 散策コース に参加する予定だが、
またぞろコロナが頭をもたげてきている。
さてどうなるかな。
ねひめ広場運営会議主催イベントも、
1月は「カレンダー市」など企画している。
こぞってのご参加をお待ちしています。

昨日おせちの残りを再生しておいた。
鯛の塩焼きはそぼろに、
煮しめは筑前煮に。
これでおせちは無事役目を果たしたぞ。

さあこれから畑に直行。
いよいよ農業小屋の設置である。
源ちゃんも楽しみにしている。
なにせ、自分の別荘(?)ができるのだから。(笑)
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父の感慨

3日、妻も仕事に出かけ、
だだっ広い家にひとりぽつーん状態。
ぼーっとしていると、
久々の帰郷が嬉しかった息子と共有した時間を思い出す。
今度はいつ親子の時間を送れるかな。
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家庭の料理番参上!

2日、午前中は村の仕事、
賽銭はこの確認に88か所を巡った。
山のいただきまで往復、
これはかなり応えた。帰宅すると、1時前。
源ちゃんがしきりに吠えて迎えてくれるが、
きょうは相手をしていられない。
息子一人、娘二人、その各パートナー、孫二人が、
3年ぶりに一堂に会するのだ。
となれば家庭の料理番の出番なのだ。
7時会食と目標設定、
逆算でプログラムを組んで、さあスタート!
きょうはおせちづくりのように複雑ではないが、
IHクッキング台のコンロ部は二う、
使いまわすのに計算がいる。
結局4時前までに仕上げた料理は、
フライパン炊飯のですし飯の握り。’
(鯛・中とろ鮪・サーモン・甘えび・いくら・とかなり贅沢を極めた。笑)
ネタは柵で買ったのを自分でひいた。
刺身包丁は暫く使っていないので、
そこらに見当たらない。
てなわけで家庭包丁でえっちらおっちら。
極めつけはステーキ。
付け合わせの野菜は、
ジャガイモ(櫛型フライドポテト)・人参’グラッセ)・ブロッコリー(バター炒め)・白スパ・カレー風味のもやし……自家製野菜中心に、
肉を生かすためにあっさりと仕上げた。
肉は我が家では滅多にないサシの入った上上上質のもの。(笑)
塩と胡椒にニンニクパウダーを振り、
シンプルに焼き上げ、バターをのっけてやった。

食材がいいと評判が良くて当然。
みんな完食、(おいしかったー!)
普段の粗食と貧乏感丸出しの我が家族たち。(大笑い)

それでも家庭の料理番はご満悦。(ウフフフフのフフフ!)だったのです。
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息子のふるさと

2日朝から薬師・今善寺に出役。
いよいよ2022年がスタートする。

今年の正月は
10数年ぶりに息子の顔があった。
コロナのおかげで転職せざるを得なかった息子、
前職は人様が休む時こそ忙しいという因果な仕事だったが、
今度は人並みなお休みが取れる仕事というわけで。
帰郷が叶ったわけである。
ある意味コロナに感謝しなければならないかもという皮肉。
大晦日に帰ってきた息子の希望を入れて、
元日は地元の神社に初詣で、
そのまま歴史の森に入り、
「ゆるぎ岩」へ。
「覚えてるわ。懐かしいなあ」
関東の方に暮らす彼、
言葉のイントネーションが、
すっかり向こう仕様になってしまっていたが、
故郷の光景に、
嬉々とする顔は、
故郷を取り戻した感が溢れていた。
里山散策は疲れたが、
心地よい親子のひとときの感慨が勝った。
顔を見せることが親孝行の基本なのを、
改めて知ることになった。

仕事の関係で今日の夕方には明けってしまう息子だが、
(いつでも帰って来いよ)口にするのを我慢する親心だった。
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年の瀬バタバタ

家の裏手にあるちいさな畑を、
防除柵でやっと囲み終えた。
わたしの誕生祝いに何がいいと聞く末の娘に、
イノシシ除けのスチールメッシュはどないやと答えたら、
30枚買ってくれた。
作業は2日で終了。
実は家と連なっているので、
源ちゃんのドッグランで併用目的もある。
すこし離れた、
向こうの畑ドッグランへの往復は、
仕事を犠牲にすることが多いので、
急ぎの用事がある時の仮ドッグラン。
完成ですぐ源ちゃんに披露すると、
すぐにダーッと駆けだした。
向こうの畑の三分の一ぐらいだが、
いい感じである。
ただ家の周囲はイノシシの遊技場と化している。
夜中に「ブイブイ」とやる。
果たして源ちゃん、共生はできるかな。
余談だが、源ちゃんは甲斐犬、
猟犬イノシシ犬がルーツらしい。
なんとかなるかな。

深夜、おせちづくりに取り掛かった。
和食は専門外なので、
ネットのサイト便りである。
まずは田作り、
同時に栗きんときのサツマイモをゆでる。
調理を始めると、
もう夢中になる私。
「まだまだ熱いじゃん」と、
妻が娘にしょっちゅう囁いている。
13歳年の差で40年以上の結婚生活。
熱い夫の姿を見せ続けているからかな。(笑)
明日は村役の仕事で、
段取り良くいくかどうか?
とにかくやるっきゃない!
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おおさぶこさぶ

村の世話役になっている、
薬師・今善寺の正月の準備に出向いた。
隣の高峰神社は既に準備済み、
とにかく月に一回のお大師さん月命日と同じに、
参道の掃除と物花の供花で山の頂上まで、
88か所巡りお地蔵さんの石堂を回った。
海抜139mあるとか、
終わると、足がガクガク。
一応正月を迎える用意はできた。
31日は投光器を設置する予定で、
家の年末に関わる暇はなさそうだ。

正月前後は寒くなりそうで、
村役のお勤めも楽ではなさそうだ。
寒いといえば、
最近外で遊ぶ子供の姿は滅多に見なくなった。
遭遇しても、一人か親子連れ、
ボクの子供の頃のように、
村の男の子や女の子が集まって外遊びをすることはなさそうだ。
僕らは冬休みになると、空き地に集まって遊んだものだ。
当時あった「こども会」の顔ぶれが大体揃う場だった。
男の子同士、女の子同士と遊びは違った。
僕らはかえし(メンコのようなものかな?)、ダルメ(ラムネ玉)、釘刺し、
一般的な缶蹴り、押しくらまんじゅう、
あんたがたどこさ……結構いろんな遊びをしていたんだ。(なつかしい!)
北風なんか吹き飛ばしかねない熱気で、
顔を赤く火照らしたみんなは、
えらく真面目に競い合っていたんだと思い返す。

さあ、どんな正月を迎えられるかな。
ちょっと冷えて来たぞ。(ブルッ)
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餅つきペッタンコ

数年前まで、年も押し迫ったころの、
家族総出の餅つきが、我が家の恒例行事だった。
それがコロナでやれなくなった。
餅つきを引っ張っていた父も、
今年97歳でなくなり、
餅つきはもはや風前の灯状態に。
仕方がなく、ここ数年市販の餅に頼っている。
形も量も統一された規格で使い勝手はいいが、
家でついていた餅の不揃いの丸餅は、
捨てがたい風情があった。
昔ながらの臼と杵で、
「ペッタンペッタン」と突き上げた餅を、
餅粉を広げた台へ移し、
何人かがよってたかって、手で丸めるが、
馴れていないと、いびつな丸い餅になってしまう。
何より、臼で搗きあがった餅を、
手でちぎって小分けする作業が難しい。
それを器用にやってのけたのが父だった。
たかが餅なのに、
年季がものをいう。
幼いころから参加しているが、
子供の役目といったら、
蒸しあがったもち米(おこわ)や、
丸めた餅を頬張ることだった。
あんこやきな粉が用意されて、
なんぼでも食べられるおもち。
もんぺと割烹着姿で手ぬぐいをかぶった母を思い出す。
「腹いっぱい食べな」
忙しく立ち働きながら、
母は子供たちへの優しさを忘れることはなかった。

きのう孫二人を預かったが、
あの子らに餅つきを体験させてやりたいと思ったが、
臼や杵はもうない状態では、
どうしようもない。
マシーンを使った餅つきでは味気ない。
自分の手でで搗き、そして丸める、
あの光景が復活する日を願いたい。
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正月も盆も、ノルマノルマだった

年末になると思い出す、
青年期の試練(?)
19歳で就職。
本を読むのが好きということで選んだのが書店。。
3年後に調理師専門学校へ。
卒業後はレストラン、郊外型飲食店、駅ビル内喫茶店、
喫茶店のマネージャー、独立して喫茶店オーナー、
兄弟の死でふるさとにUターン、
ふるさとでは弁当総菜製造会社へ、
最後にはマックバリューの鮮魚担当に。
なんと人生の大半を調理の世界で過ごしている。
自分で経営する場合を除くと、
各仕事にノルマが多かれ少なかれあった。
書店の場合は婦人誌新年号が、
各50~100冊有無を言わさず課せられた。
20代で内気な男性には気が遠くなる冊数だった。
店頭販売で20冊程度は何とか捌けても、
残る雑誌は自腹で購入。
当時住んでいた狭いアパートでカレンダーが付録の婦人誌を枕元に置いて寝たものだ。
当時発行されていたのは、
主婦の友、婦人倶楽部、主婦と生活、婦人生活で4大婦人雑誌と呼ばれていたっけ。
その4種類が正月だというのに、
独身男性の枕元に並んでいたのだ。(今考えれば異様だな。笑)
他に百科事典、学年雑誌の新学年号などなど結構ノルマのある仕事だった。
調理関係の仕事では、
正月のおせちのノルマがかなりきつかった。
客単価1万から3万のものを、
最低5個だから、とにかく売るしか逃げ道はなかった。
最初は自分で抱え込み、
正月からしばらくおせちを食いつづけたなんてことも。
ほかに節分の丸かじり巻きずし(10本から50本)、
土用の丑のうなぎのかば焼き、弁当にして最低10個……
自分で調理して、自分で消費するという笑い話。
人見知りする性格ながら、
懸命に売ったのは、その仕事が好きだったからに他ならない。
現場で働くのと同時に営業もというのが、つらかったのも本当だ。
考えてみれば、
自分が作ったり扱ったりするものを、
自信をもって売れるのは道理だよな。
それにしてもよく頑張ったと自分を褒めてやりたい。

来年はノルマの影はいっさいない正月を迎えられそうだ。
家族がコロナ禍で商品ノルマのない仕事に転職したせいである。(苦笑)
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忘年会

クリスマスが終わると、
2021年ゴールへまっしぐらである。
いまはこれというやることもなく、
怠惰な日暮らし状態。
ふと忙しかった20代の頃を懐かしく思い出す。
当時、姫路商工会議所の中にある、
レストラン「清交倶楽部」に勤務していた。
12月はクリスマスを挟み、
ロータリクラブ・ライオンズクラブ・JCの、
忘年会を兼ねたクリスマスパーティが連日あり、
何日か泊まり込んでの仕事だった。
オードブル料理に、おでん・ソバなどの屋台など、
仕込みや盛り付けで、
大げさではなく息をつく暇もない状態だった。
その仕事に続いてあった職場の忘年会。
商工会議所の大忘年会にレストラン勢も参加した。
パーティ料理は私たちが用意、セッテイングを終えると、
急いでコック服から私服に着替えての出席だった。
50人以上の出席で、大ホールは熱気に包まれた。
各職場の代表者によるかくし芸のプログラムも。
ふだん調理場で黙々と料理を作っていた私は
先輩コックに誘われて、なんと漫才をやってのけた。
拍手喝采にうれし涙、涙をごまかすのに必死だったっけ。
翌年は「同期の桜」をパフォーマンス付きの大熱唱。
宴会の席では、ふだんたしなみのない酒を、
すすめられるままに飲み過ぎて正気を失った経験も。
最近はコロナもあるが、
あんな大規模な忘年会の話は聞かないなあ。
すこし寂しく感じるのは、年のせいでもあるのかな。
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源ちゃんにクリスマスケーキ

きのうは妻が仕事休み。
この間か取り掛かっている、
新しい年を迎えるための準備である。
大掃除もじっくりと時間をかけている。
4人の子供たちが参加しない分、
慌てず騒がず、
夫婦のペースでやれるから気楽だ。
ところできのうはクリスマス。
珍しく妻がケーキ作り。
それも夫婦二人でいただくものだけではなく、
もう一人(?)の家族、源ちゃんのものも。
ケーキ代は砂糖を使わず、硬めに仕上げ、
ボイルしたささみ、犬用おやつキューブ、
ミニトマト(畑で食いつくした源ちゃんのために)
ゆでたサツマイモなどで飾ったものだ。
なんと完食の源ちゃん。
ただミニトマトだけは食べなかった。
市販のものと畑で育ったものと、
何かが違っていたのだろうか。
しかし、
子供がいなくても、
源ちゃんを引き擦り込んだクリスマスも、
結構いいもんだ。
コロナのせいで、
新年も源ちゃんを入れた家族3人だけで、
迎えることになるかもしれない。
夫婦二人きりより、
楽しいお正月になるのは間違いないだろう。(笑)
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クリスマスがやってきた

クリスマスイブ。
ひとりテレビ画面を眺めている。
画面にはクリスマスを彩るイルミネーションが。
今年もわたしのイブはおひとり様。
しかし長い人生、
おひとりさまはしょっちゅうで、
もう慣れっこ。
独身時代など、
同世代が賑やかに楽しんでいる、
クリスマスパーティを背後に、
カウンターで一人チビチビと呑んでいたものだ。
あの頃もいまもいっしょ。
人間しょせんひとりだと、
自分に言い聞かせるイブである。
深夜ラインに孫のクリスマスシーンの写真が送られてきた。
やっとハッピーなクリスマスがやって来た。(単純。笑)
メリークリスマス~~!イェーイ!!
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クリスマス・イブ

いよいよクリスマスイブ。
この時期になると、
子供4人と迎えたあの日を思い出す。
ケーキを囲み、
笑みが子供たちと、
それを見守り幸せに浸る私と妻。
当時妻はスーパー、私はコック、
職場でノルマだったケーキを、
ひとつづつ持ち帰っていた。
三つのケーキに夢心地の子らの表情といったら。
その晴れやかな笑顔を守る親を演じられた日。
まさに理想の家族が実現した瞬間だった。
そう、人生においてほんの束の間といっていいだろう。
あの日をもう一度と、
願わずにはおれない。

昨日の夕食にタイのあら炊きを作った。
夫婦二人きりの夕食。
妻の希望である。
地元の濃口醤油は旨味は引けを取らないが、
色を出すのが難しい。
ちょっと浅い色にしあげた。
その味は、
皮肉やの妻が何も言わず平らげたから、
まあまあ以上だったんだろうな。(笑)
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源ちゃん連れの日暮らし

畑仕事も、いまや子連れならぬ源ちゃんづれ。
畑の周囲は防護柵をはり巡らしたので、
好き放題に走り回れるのだが、
源ちゃん、少し走り回ったと思ったら、
作業する私の許へ。
掘り返す土の中へ鼻先をクンクン。
足元にじゃれつく、
「相手してよ」とばかりに吠える。
結局作業の手を止めて相手してしまう私。
予定した仕事の半分もできればいい方だ。
そんな時に強い味方が現れた。
4時ごろに下校してくる小学生。
「可愛い」「可愛い」と、
柵越しに相手してくれるようになったのだ。
「ワンちゃん、名前おしえてよ」「ゲンだよ」
以来「源ちゃん、源ちゃん」吠えることもなく、
尾っぽを振って大喜びして見せる。
道草を食わす悪い大人と反省しても、
(もうちょっと相手しといて―な)なんて思ってしまう。(笑)
最近畑に来るのに使っている愛車である軽トラ。
その助手席に源ちゃんを載せてくるのだが、
ちゃんと座ってお行儀がいい。
畑でもそうやって、
私の仕事が終わるまで待っていてくれればいいのだが、
とはいえ時々相手する源ちゃんに、
幸せなひと時を貰っている私。
まあいいかなあなんて、源ちゃんに問いけている。
「クン」源ちゃん小首をかしげて、
また私の心を鷲掴みしてくるから困る。

夕飯はカマメシ風味の炊き込みご飯。
やっぱり自家製野菜をたっぷり使った極旨。
いつもはいっぱいで済ますのが、お替りしてしまった。
そうそう、畑を耕す前に、
この間の霜で枯れてしまったじゃがいもを掘り起こしてみた。
掘ってびっくり、
なんとも見事なジャガイモが育っていた。
この喜びが、
野菜作りの醍醐味なのかも知れないなあ。
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天婦羅

きのうは朝から、
お大師さんの世話役で、
山の頂上までに連なる88か所を巡り、
仏花を供えた。 
「揺るぎ岩」に象徴される畑の山は、
岩があちこちに顔を覗かせている。
中でもかなり大きい岩の中ほどに、
まつられたお地蔵さまが印象的だ。
しかし急な山道を上がり下がりすると、
足がパンパンだ。
子供の頃はへとも思わず駆け巡ったものなのに。

夕食に久々にてんぷらを供した。
エビと竹輪、ブナシメジ以外の野菜は、
わが家の畑で育てたもの。
大根おろしもそうである。
市販野菜にはかなり見劣りしても、
味にそう変わりはない。(そう思うことにしている。笑)
サツマイモだけはそう負けてはいない、
立派なものが収穫できたので、
もみ殻の中にうずめて保存している。
てんぷらにすると、やっぱり美味い!
味噌汁も大根の皮が入っている。

私が用意した天婦羅定食は、
家族も大喜びで完食。
今は子供一人しか残っていないが、
あちこちへ巣立った3人の子供たちと、
その夫や孫を含めた笑顔を、
思い浮かべて料理することが多い。
それが料理の味に、
一層の美味をプラスしていると、
信じて疑わないおじいちゃんである。

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おせち

弁当仕出し会社に勤めていた当時、
毎年おせちの対応に追いまくられた。
なんと盆過ぎから、
おせちの仕込みがスタート。
20日過ぎると最後の追い込みだった。
作業をともにするのは、
中国研修生たほかのアジア系、日系ブラジルの人たち。
賑やかそのもの。
いやあ懐かしいなあ。


今年の大晦日は、
わが家のおせちづくりが待っている。
末の娘も家を出るので、
老夫婦二人きりの正月を迎えるので、
市販のおせち購入はやめて、
手作りすることにした。
さてどういう仕上がりになるかどうか、
作り手としては楽しみでもあり、
不安でもある。(笑)

2日には子供たちが里帰りする予定だが、
おせちはその分も作らないといけないが、
近頃の子供らはおせちはあまり食べないものなあ。
さてどうするか?
贅沢で幸せな悩みである。
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年賀状絶ち

もう20日。
数年前までは、
年末年始の準備が、
頭の中にちらつき始めるころだ。
具体的な行動は、
クリスマスが済んでからだが、
年賀状も多い時期は書き始めていたっけ。
今年は年賀状を出そうと思う相手が、
数通しか思い浮かばない。
劇団活動もあり100通以上を書いていたころが、
まるでウソみたいに思える。
年賀状絶ちの連絡も、
コロナ前から目立ち始め、昨年も10人あった。
本人が亡くなったり、体力気力の劣化など、
書面から思いを巡らせ、
ため息をついてばかりだった。
といって自分から年賀状絶ちを試みる気はない。
そんな思い切りができる性格だとすっきりできるだろうが。

昨日の午後、
まだ寒い風が吹いている中、畑へ。
冬場恒例の土木作業である。
手作業だから、
若い頃との違いは歴然としている。
まあじっくりやっていくしかないなあ。

くまポチアソートという焼き菓子を頂いたが、
いくら食い意地が張った私も、
部分入れ歯では、やはり手が出にくいほどの硬度(?)(’笑)
おやつは自分で作ったプリンで、
ガマンするしかないのが残念だ。

煎餅をパリン、パリパリは、
もう夢物語と化してしまったようである。
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つららってなんやねん?聞かんとって~な

きのうは今年初の雪。
少し物足りない雪景色が広がっていた。
それもすぐ融けてしまった。
やはり温暖化のせいなのだろう。
それでもかなり寒い。
とはいえ私が子供の頃の冷え込みとは、
雲泥の差である。
水が溜まっていると、
表面に分厚い氷が張り、
軒先にはつららが競うようにぶら下がった。
昨今はまず見られない凍てた光景が、
良く見られたものだ。
氷は丸ごと外し、子供たちの遊び道具になった。
つららはぽきりと折り取り、
しゃぶったこともある。
雪を食べたり、
当時は酸性雨の心配や異物混入?など、
頭を掠めもしなかった。
いまや、そんな心配をするほど、
雪は降らなくなったし、
つららや水面を覆う氷を見ることも滅多にない。
私の知る冬は、もう伝説といっていいかも知れない。
寂しくむなしい限りである。
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