梅の花

加西市の広報誌が配達されてきました。
コロナに負けぬ若者たちの笑顔が溢れださんばかりに
成人式の写真が表紙を飾っていました。
彼らの明日に希望が開けるよう祈念するばかりです。

所で広報誌に遅ればせながら掲載された
「ねひめひろばふるさと川柳」募集の記事。
既に公募ガイドなどネットで案内を出し、
全国から作品応募が続いています。
今回の広報誌をご覧になって、
地元加西市の皆さんからの作品が応募されると思いますが、
ぜひふるさと加西を詠んだ作品が集まればいいなあと、
思う次第です。
締め切りは2月28日です。

この間からの雨で、畑は水マミレ。
仕方なく暫く畑の作業を見合わせています。他にすることもなく、
自然と自宅で自粛生活を送らざるを得なくなっています。
体がなまるので、時々庭に出ますが、
きのう梅の花を発見。
春の兆しに、
鬱屈しがちな心が久しぶりに明るくなるのを感じます。

はやく来い来い、春よこーーい♪ですね。
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回顧アルバム・最終版 赤毛の世界

いよいよ青春回顧も今回で終了。
ふるさと川柳の募集も、
応募が全国各地から寄せられて、
さてどうなるものやらと、
コロナを横にらみに、
応募作品の確認開始をスタート。
よき時代を振り返る余裕もなくなりそうだ。
まず一区切りつけることにした。

最後の回顧シーンは、赤毛モノ。
演劇に関わり始めたとき、
翻訳劇をそう呼称していたっけ。
20歳になったばかりの私が出会った
お芝居が赤毛モノだった。
アーサー・ミラーの「橋からの眺め」。
不法移民問題を取り上げていたように記憶している。
当時働いていた加古川のアマ劇団の公演だった。
圧倒され感動を受けた結果、
根暗な青春生活を送っていた私、
勿論芝居のシの字も知らない無知な暴挙というべきか、
その劇団へ飛び込む羽目になってしまったのだ。
その後赤毛モノの舞台は数多く参加することになった。
後年自分のプロデュースでは、
「ベニスの商人」「リア王」「オセロ」などのシェイクスピアの名作を、
他に「ガラスの動物園」「授業」「二人で狂う」「アンネの日記」「夜の来訪者」などなど、
不条理なものからオーソドックスなものまで、
やりたい作品は即取り組んできたっけ。

さあ、もう青春の記憶に思いを募らせるのは終わりとしよう。
老後のやりたいことを、やっつけてしまおう。
未練を残したまま命が尽きないように。(本当にそう思う。
せっかく生かされているんだからと)
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回顧アルバム・9 燃え尽きた青春あの日々

回顧アルバムも今回をいれて後2回の予定。
依頼原稿の推敲や何やかやで、
日々の暮らしを報告するのも無理ということで、
過去を振り返ってきたのも、
やっと一段落つけるわけです。

今回は30代から40代にかけて、
芝居作りに夢中になっていた時期。
当時「夢の遊眠社」(野田秀樹)「第三舞台」(鴻上尚史)が、
小劇場から飛び出た存在感を見せ始めたころ。
主宰していた「姫路ドラマ劇場」に、
姫路フォーラスから
小劇場ホールのこけら落としのプログラムに
加わってほしいとの依頼を受けて、
劇団名も「夢遊空間舞台・自遊席」と改名しての参加を決めた。
それまでのオーソドックスな舞台を封じ込めて、
小劇場向きの自由で若い発想の芝居をやり始めた。
フォーラスホールは仙台フォーラスをコンセプトにしていた。
こけら落とし第1弾は紅萬子のお芝居。そのあとに辻ての公演となった。
アマチュアならではのハチャメチャ度をと企画したのが、
「嗚呼!夢の初恋探偵局」舞台を所狭しと跳ね回った。
「嗚呼!恋こころ伝説」「嗚呼!銀河の遥か流れて星のように」と、
実に楽しかったなあ。
30代の私も10代のメンバーに負けじと、踊り歌い演じ狂った(?)ものだった。
オリジナルなものというわけで、脚本も書きまくった。

青春は、悔いなく燃焼しきったと思っている。
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回顧アルバム・8/忠臣蔵の里

加西市に誕生の
市民劇団「おおきな木」。
私が愛読の絵本「おおきな木」から、
拝借(?)して命名したものである。
その第2弾の舞台公演は「忠臣蔵ー雪の章」だ。
加西市市民会館に
市民が扮する赤穂浪士らの雄叫びが上がったものだ。
オリジナル脚本のセリフにも使ったが、
忠臣蔵ゆかりの久学寺は加西市にある。
加西市北部に赤穂藩の飛び地があり、
そこに赤穂浪士ゆかりの三がく寺の一つ久学寺がある。
大石内蔵助が、灌漑工事の進捗状況の確認にこの地を訪れた際、
たびたび久学寺に宿泊したといわれている。
赤穂浪士の小野寺・潮田・奥田将監(最後に脱盟)らの、
屋敷や墓碑・檀家寺など多くの名所が残っている。
忠臣蔵サミットも行われているほど、
忠臣蔵と加西市の縁は深い。
そこで市民劇団が上演する
舞台のテーマに選んだのである。
ふるさと加西には、
舞台で感動を呼ぶ
お芝居にできるテーマが数限りなく存在するのだ。(ウン)
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回顧アルバム・7 加西を好きになる過程

あれがすべての始まりだった。
地元のJCからの電話。
それまで地元を離れた姫路加古川で、
劇団活動をやっていた私。
なんの接点もなかった相手からの電話は、
「地元を代表する伝説の美女、根日女を舞台化できませんか」
実は当時「根日女」が何たる存在かを全く知らなかった私。(苦笑)
即答しなかったが、
後日、また連絡があった。
なんと姫路で上演した「忠臣蔵―雪の章」を観劇したとかで、
「あの感動的な舞台を加西で実現してほしい」旨の説得を受けた。
姫路の次回公演に
シェイクスピアの「キング・リア(リア王)」が決まっており、
躊躇した挙句、相手の熱意に押されて引き受けてしまった。
さあ、それからが大変。
何度となく打ち合わせに姫路と加西を往復、
「根日女」のストーリーを創作するため、
図書館に通い、資料を読み漁った。
播磨風土記と加西(当時は賀茂の国だったっけ)の関わり、
そして大和朝廷との関係性など、
ありったけの知識を得て1時間30分の脚本を書き上げた。
加西市民の参加を呼びかけオーディション、
20数人の市民劇団員を決めて、芝居作りはスタートした。
舞台美術の構想も、よりダイナミックにと心掛けた。
姫路の定期公演と掛け持ちの強行軍も、
今では懐かしい限りである。
「根日女ーあなたに愛する人はいますか」公演は、
加西と姫路でかなり好評を得た舞台に仕上がった。
その勢いでJCをバックに、
市民劇団「おおきな木」が創立した。
手弁当のボランティアで、その後の舞台製作に力を注いだ。
第2弾は「忠臣蔵」、
これも加西と赤穂浪士の関係性を知るいいきっかけになった。
この段階で、
歴史と伝統のふるさと加西へのかかわりに意義を見出すようになった。
第3弾は「リア王」兵庫演劇祭参加作品である。
第4弾は「モモと時間泥棒のお話」
そこで私の加西における演劇活動はいろいろな事情で終わった。
しかし、私のふるさと愛は確固たるものになっていた。

サイサイ祭りの「お化け屋敷」、ウズラのの戦争遺跡ボランティアガイド」
ネヒメ広場運営会議に参加イベントを企画実行、市民ウォーキングへ参加など、
ふるさと加西愛は拡大の一途だったが、
今はコロナで幕を下ろした感じである。
もう一度ふるさと紙芝居INネヒメ広場を
再開する日を心待ちにするばかりである。(ウン!)
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家回顧アルバム・6 族っこの景色

アルバムを開くと、
やはり4人目の子供の写真が多い。
私が50代の時に授かったので、
もうおじいちゃんの感覚。
とにかく可愛くてたまらなかった。
上の子供たちも、
年の離れた妹を猫っ可愛がりである。
もちろん妻だって私以上である。
名前を付けるのも、
家族5人が競い合ってかなり大変だった。
そんな家族の赤ちゃん騒動を描いたエッセーが、
当時主婦の友社から出ていた赤ちゃん雑誌の公募で、
賞を頂いた。
妻が書いて私が監修(?)というエッセーである。
その後も家族の愛を総取りする赤ちゃんだった。
私もカレンダーにしたり、
写真の加工を試みたり、
愛情を惜しみなく注いだのである。(メロメロ)
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回顧アルバム・5 ファミリーメルヘン劇場から

私が始めた劇団は、
一般向けには「はりま300人劇場」。
子供とその家族たちには、
ファミリーメルヘン劇場と銘打ち、
絵本や児童書からピックアップした作品を、
私流に脚色して舞台に上げた。
第1弾は「おむすびころりん」だったなあ。
「あれを1時間ちょっとの芝居にするのは無理」
とメンバーは躊躇したが、
当時の私は怖いもの知らず。
何度も紙芝居や絵本を読み、
推敲を重ね、ひとつの物語に仕上げた。
確か惣太というオリジナルな若者を登場させたっけ。
のんびり過ぎて誰にも相手にされない若者の冒険話の始まり始まり!
姫路文化センターで上演、自分でも予想外の成功だった。
図に乗ってファミリーメルヘン劇場を面白おかしく進めた。
子供にこびないが、子供の心へ真剣勝負をしかけるのに遠慮しない!と、
メンバーたちを鼓舞しながら、
(自分はほんまにできるんかいな)疑心暗鬼に囚われたものである。
しかし、やりたいものはやりたいと思った時こそやれるんだ!と、
一連のメルヘン劇上演を続けるのに常に自分にいい聞かせたものだった。
「おむすびころりん」のの次は「オズの魔法使い」「森は生きている」「モモ」「ホッツェンプロッツとその愉快な仲間たち」「ガンバの冒険」「フランケンシュタイン」と続けられたのには、
自分でも驚きだった。
(絶対やる!)という頑固な信念が衰えることがなかったからだろうか。
定期公に始まり依頼されての移動公演をこなせたのは、
ついてきてくれた若いメンバーたちのおかげだった。

完全燃焼したといえる劇団活動は、
その後の私に糧となってくれたのは確かだな。(ウン)
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回顧アルバム・4/愛犬

愛犬源ちゃんの相手をするのが楽しい。
コロナ禍で窮屈な日々の暮らしの中、
幸せなひと時を貰えて幸運である。

そういえばあの頃も幸せに包まれた日々だったっけ。
むかしのアルバムを引っ張り出して、
見つけた写真がそれを証明してくれている。
10数年前に老衰で亡くなった愛犬と、
子供たちのスナップである。
最初に飼ったのがオスのタロ、
そこへ嫁に迎えたモモ、
二人(二匹?)の愛娘トトと、
愛犬一家が最も元気だったころの写真である。
当時は子供3人、
一人一人が散歩や何やかやと世話係を務めてくれた。
そうそう当時は、今ほどお金をかける必要はなかった。
タロとモモの夫婦は、
知人から無償でいただいた犬たち。
彼らの食事も、
ペットフードではなく、
俗にいう汁かけ飯だった。
時々魚の骨やチキンの残り物をトッピング(?)すると、
もう大喜びだった。
大きい小屋を作り、
一緒に寝たこともある。

考えれば考えるほど、
タロ一家はわが家族に欠かせない
幸福の使者だった。

ペロッと顔をなめられて正気に戻ると、
源ちゃんの黒いつぶらな瞳が目の前にあった。(こいつめ、やったな。笑)

貧しくても幸せな日々を手にする私である。
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回顧アルバム・3/絵本の記憶

地元もコロナで脅かされ、
私も外出を自粛して家にこもっています。
何もすることがなくなったので、
しばらく目にしなかった雑誌や本を読みだしています。
思い出に染まった本に、
祈念すべき一文が掲載されたページを発見しました。
昭和62年発行だから、34年前になります。
30代後半の私には大きな転機となった文章です。
それまで演劇一筋(もちろん仕事をしながらですが)だった私が、
公募という世界に足を踏み入れたのです。
自分の書いた文章が雑誌の中で初めて活字となったことが、
信じられない思いでした。
「Sさん、文章も書かれるんですね」
いつも舞台を見てくれている
本好きの文芸青年である住職さんに教えられるまで、
雑誌の創刊記念公募に応募したことすら
忘れていたぐらいです。
後日届いた賞状と金一封で、
ジワーッと感激が湧いてきたのを思い出しました。
実はこの絵本「しろいうさぎとくろいうさぎ」は、
私と妻を結び付けてくれた特別な意味を持った絵本です。
それまで絵本を本と思わなかった私が、
保母だった妻に贈られたこの絵本に魅了されて、
絵本の世界に飛び込んだのです。
東京下石神井の「いわさきちひろ絵本美術館」まで
足を運ぶほど夢中になりました。
地元出身の永田萌が、
小学校のある時期同級生だったことも知り、
以来絵本は
私の人生になくてはならないものになったのです。
さっき「おおきな木」を読み終えました。
もう何十回と読んでいるお気に入りの絵本です。
私の人生に多くの影響を与えてくれた作品なのです。

本は、絵本は読者を決して裏切りません。
電子本もいいですが、
活字本を一度読んでみましょうよ。(うん)
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通信2021年第1号発行

まちライブラリー(根日女創作倶楽部@まちライブラリー)の
通信紙2021年第1号が出来上がりました。
明日配布する予定です。
裏面のイベント案内は、
コロナの影響で中止になったものも多く、
ふるさと川柳作品募集の案内だけに
なってしまいました。
コロナの終息が見られ、
またふるさと加西を賑やかに盛り上げてくれる、
イベントの実現が普通になる日を、
願ってやみません。
でき得れば我が世代が老い尽きる前にと、
祈るばかりです。(ハイ)
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回顧アルバム・2

昨日の写真と同じころ、
タウン誌の「タウン姫路」に、
紹介されたのは、
喫茶店をやりながら、
主宰していた「劇団自遊席」のこと。
姫路を拠点にした地域劇団。
「ブルージーンズシアター」と銘うって、
太子町・加西市・淡路・家島・赤穂・西脇・加古川など、
周辺の市町から依頼された公演をこなしながら、
姫路市内の各公園を巡回、
紙芝居公演(メルヘンパフォーマンス)も楽しんだ。
姫路では文化センターで「はりま300人劇場」と銘打って、
シェイクスピア作品や忠臣蔵(オリジナル)などに挑戦したっけ。
当時は指導した若者が東京の劇団に進んだりと、
実に充実した日々を送ったなあ。
写真の一枚は我が子二人との共演した記念の一枚である。
いまは長女は福祉介護士、
長男は静岡で仕事をやっている。
妻と結婚した当初、
生涯家族劇団をと誓いあったものの、
いつしか
わたし一人が細々と紙芝居をやっているのが現実。
青春カムバック!
むなしく胸の内で叫び続けながら、
生涯を終えようとしている。(ホロリ)
若い人に言っておくとすれば、
やりたいことはやりたいときにやれよ!
人生瞬く間に終わっちゃうからね。
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回顧アルバム・1

子供すら想像できないだろう
父親の若かりし姿。
アビタンという雑誌を読み返していて、
目に留まったのが、
そういう類いの写真。
お恥ずかしい限りだが、
年を取ると、
そんな昔の思い出を秘めた
写真がたまらなく懐かしい。
当時は喫茶店のマスター。
髭のマスターと呼ばれてました。(ウン)
お店は姫路の花影町にあった。
名付けて「七枚の画布(キャンバス)」。
美味しいサイフォンコーヒーを堪能しながら、
毎日新しい何かを発見できるお店です。
とまあそんな意図で命名したと思います。
若気の至りってやつですかね。(笑)
常連のお客さんには「「ななきゃん」で逢いましょう」が
合言葉になっていました。(なつかしい!)
この記事は10年目に、
「禁煙喫茶店」に踏み切った時の者です。(愚かでしたね。ハハハハハ)
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自分にハッパをかける

朝いちばんに畑へ。
源ちゃんの運動場の最終工程に入る。
トイレの区画をレンガで仕切り、
U字溝を据えてベンチの足に。
U字溝は農具のロッカー代わりにもなる。
かなりの重量だけに、
エッチラオッチラ転がして据え位置へ。
残るはグランドの地表を固める作業。
鋤簾を使い気長にバンバン。
この作業はまだ数日かかりそう。
コロナ禍で外出自粛を決め込んでいるから
時間はたっぷりある。
しかし、コロナはジワリジワリと迫りつつある。
スーパーや役所で感染者との
伝聞情報がメールに入った。ああーコワイ!
恐怖をしばし忘れるためにも、
作業に取っかかるここ数日である。
家の裏手の畑兼用の庭に、
剪定した枝葉を積み上げたままだが、
昔のように焼くのもどうかと思う。
従兄が造園の仕事をやっているので、
始末をまた頼むことにしよう。
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剪定その後

昨日剪定した庭を片付けた。
カットした枝葉をかき集めると、
かなりの量だった。
ということはと、庭を見回せば、
すっきりした木々が目に入る。
「自然がいいんだ」主義の私は、(かなり誇張していますが。笑)
木の剪定はせずに成長に任せる方だったが、
「単なるナマケモノなんだから」
妻にズバッと言われてグーの音も出なかった。
以来、それなりにチョキンチョキンやっている。
ある意味、大人になったのかも知れない。
でも茂ってる木々もいいとは思っているけれど。
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バサバサ、バッサリ

昨年末に剪定を始め、
赤カナメの垣根を切り揃えたが、
後の庭木は手を付けられなかった。
源ちゃんがやってきたので、
彼の運動場を作り始めた。
ひとりでコツコツやるから、
なかなかはかどらない。
というわけで剪定は延び延びになっていたが、
1月も半ばになると、
伸び放題茂り放題の庭木が目について仕方がなくなった。
あまり高く伸びてしまうと、
実の収穫に一苦労する果樹を短くカットすることに決めた。
剪定のノウハウを全く知らない
ど素人がはさみとノコを手にアタック!
梅から始め、
花梨、グミ、枇杷、柿、蜜柑、檸檬、、金柑、ゆすら梅……。
最初こそいりくっだ枝葉に四苦八苦するが、
太いのをカットしたところから調子に乗った。
バッサバッサと実に気分がいい。

作業を終えて、
正気に戻って眺めると、
(刈り過ぎか?)
後悔先に立たずである。
暖かくなれば、
若芽が顔を出すか否か、
こりゃバクチだな。(笑うしかありません。ゲラゲラゲラ)
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ペットフーズ

完徹の影響がまだ取れずに、
他のことがなかなか手につかず。
ぼんやりとしています。
それでもペットたちの世話は
しない訳にはいきません。
「言葉で要求できない犬たちを優先に考えることができなきゃ、ペットを飼うな!」
昔、父に怒鳴られてから犬とのかかわり方が変わりました。
何をさておいても、
彼らが何を求めているのかを考えます。
時間が来れば「ご飯の時間だ」「トイレだ」
「散歩だ」「構ってほしいんだ」と、
そして行動です。
自分の疲れなどは後回し。
これまで、そんなふれあいを心掛けてきました。
源ちゃんのペットフーズの袋を開けながら、
むかし昔にご飯に味噌汁をかけてやっていたのを思い出し、
思わず笑ってしましました。
今やペットフーズは欠かせない時代です。
なんと生後何か月から成犬、老犬などなど、
それぞれ専用に製造されているのに驚きです。
いやはや犬を飼うのも、
お金がかかります。
でもそれ以上の何かを与えてくれるペットたち。さあ源ちゃんにご飯をやらなきゃ。
そしてトイレも、散歩も、
もちろんふれあいタイムも、
コロナ下で幸せを満喫させてくれる、
源ちゃんはじめペットたちに、
ありがとう!です。
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徹夜

眠気がそろそろ襲ってくるかな。
昨夜は久しぶりに徹夜した。
それも完徹だから、
われながらビックリである。
考えてみれば、
徹夜は私の得意技だった。
調理師の仕事も仕込みやなんやかで、
「ええい!寝るん面倒臭いわ」で
徹夜をしてしまうなんてことは
しょっちゅうやっていたっけ。
趣味の演劇も公演を前にすると、
徹夜の連続だったなあ。
デートも仕事を終わった後の深夜しかない。
深夜喫茶や24時間やっていた「さと」なんかで、
明け方まで過ごし、
そのまま仕事場へ直行なんて日常だったのだ。
若さとはすごい。
そのまねを無謀にもやってのけたおかげで、
30枚の原稿をデーター化して、
依頼された先方へ送信ができたのだ。

しかし、その反動が今来た。
お昼前である。無理せずひと眠りしますか。(笑)
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ラストライター?

明け方、最後の一行が書きあがった。
30枚の原稿がなんとか間に合わせられた。
今日の3時まで見直し作業で
完成稿をプリントすることになる。
しかし、ここまで悪戦苦闘するとは、
視力がいかに弱くなったかを思い知らされる、
1週間だった。
集中力も老化が避けられないようだ。

それでも30枚を書き上げた自分を
褒めてやりたい。(ハハハハ)
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家庭の料理番

深夜12時が過ぎると、
家庭の料理番がぞろ動き出す。
夕食の用意をした後は、
頼まれている30枚の原稿を書くのに集中していた。
15日に原稿とデーターを渡すことになっている。
25枚目を描き終えると、
もう12時前だった。
休憩を兼ねて台所に立った。
まず洗い物を片付けて、
明日の弁当と作り置きの総菜を、
調理することにした。
洗い物はいつもかなりの量になる。
100均で購入した保存容器をサイズで使い分けて、
冷蔵庫を毎日整理するので、
当然多くなる。
しかし100均の保存容器は重宝で使い勝手がいい。
一気に洗い終わると、気分がいい。
今夜はハンバーグに厚焼き玉子、
麩と白菜のうま煮、プリンを作る。
段取り欲IH調理を進めていく。
正味一時間ほどで片付けまでいけた。

料理って楽しいものである。
疲れを忘れるほど夢中になってしまう。(ウン!
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雪が降る

また雪国になってしまいました。
手がかじかんで、
作業も原稿書きもままなりません。
大人しくこもっておくのが一番ですね。(苦笑)
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愛犬効果

いよいよ八十が視野に入った誕生日、我が家に新しい家族がやってきた。真っ黒い毛玉と見間違いかねない子犬である。
「甲斐犬は猟犬なのよ」
 誕生祝だと、娘は得意げに吹聴した。
「お父さん犬好きだったでしょう」
 十数年前、愛犬の臨終を見送ってから、ペットロスめいたものを味わい「二度と犬は飼わないと愛犬断ちを誓った。子供のころからいつも愛犬が傍にいる環境だった。家庭を持ってからも愛犬を手元に置く瀬克だった。
 最後に見送った愛犬は一匹ではない。家族三匹をジユン繰りに見送ったのだ。ともに暮らして16年から17年、老衰死だった。寝たきりになった犬たちを介護、床ずれをしないように何度も体の位置をかえてやったのを忘れられない。
 父親が愛犬にそそぐ愛情をまじかで見て育った娘は、犬断ちをした父親を気にかけていてくれたのだ。
「少なくとも八十までは元気でいてほしいもん」  
したり顔の娘はちゃんと計算をしていた。犬の寿命を16年と考えれば、主人の私が面倒を見る責任で、八十までは元気でいなければいけないらしい。
「お前な」
 余計なお世話だといいかけたのを遮られた。子犬がふれていた手を噛んだのだ。甘噛みだが、まだ加減を知らない噛み様だった。ふいになつかしい記憶がよみがえった。
「お父さん、目が線になってるよ。もう見てられない」
「やかましい」
 口とは裏腹に顔がほころぶのを止められなかった。
「一緒に生きていくか」
 子犬に語り掛けると、首をかしげて見上げた。思わず抱きしめた。娘のお節介に感謝しながら八十の大台を視野に入れた。
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数字に唖然

昨日の朝刊を見て(エッ!)
感染者数の発表で、
これまで地元が25人で推移していたのが、
53人に!
健康福祉事務所扱いになっていたのが、
市町別に公表されたことによる倍増なのだ。
しかし数字のマジックはコワイ。
いっぺんに恐怖が募る。
それに緊急事態宣言を兵庫県も要請したとか。
それでなくても数字を前に委縮する私は、
自粛の前倒しを意識している。
「ふるさと川柳募集」は
1回目はコロナに翻弄されたが、
2回目もコロナの影がちらつき始めた。
それでも希望を捨てずにやるしかないなあ。(ウン)
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凍える夜を

1月12日、15日と孫二人の誕生日。
その日を祝う場でプレゼントを渡す予定が、
コロナで狂ってしまった。
用意していたプレゼントに、
バースディメモを添えて送ることにした。
関西3都市の緊急事態宣言の要請で、
今年も又次々と中止キャンセルが続く気配が濃厚だ。
無念極まりない。

深夜犬小屋を覗くと、
源ちゃんが飛びついてきた。
凍えるような夜が続いている。
防寒用の毛布にくるまって
寝る源ちゃんだが
明かりに照らされた源ちゃんは、
逞しく凛としている。
トイレをした後、
暫く触れ合って時間を過ごした。
「ガリガリ」と氷をかじる源ちゃんに、
思わず笑ってしまった。
源ちゃんのおかげで、
コロナをしばし忘れられる。
ありがとうね。
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嘆き

いよいよ兵庫も緊急事態宣言が濃厚になった。そんな時に、親戚のひとりが参加する若い事業者の会議所のメンバーに感染者が出たとかで、身近に迫る恐怖を再実感した。幸い親戚は濃厚接触者でないとなったらしいが、しばらく孫と会う機会もなくなってしまいそうである(シュン)

雪がチラチラ

雪がちらつきだしたので、
急いで片付け帰宅。
自分一人ならまだ作業を続けるところだが、
源ちゃんが手伝ってくれている(?)
雪のちらつきに吠え始めたのでやむを得ない。

今日は朝からの作業で、
かなり進捗したのだが、
寒波と雪には勝てない。

そうそう昨日は大根のユニークメニューに挑戦。
大根スパは程々にウマい。
大根のから揚げもまずますだった。
しかし、
ふろ吹きとおでんの大根に勝るものはないなあ。(ウン)
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大根

朝から畑に。
もちろん源ちゃんも一緒。
ひとしきり暴れまわったあと、
ようやく大根を収穫。
さてどう調理するかと思いながら家に帰ると、
テレビで練馬大根のアイディアレシピをやっていた。
「まんぷく農家めし」という番組だったが、
内容がちょうどタイミングよかった。
すぐに検索してレシピをメジった。
大根のから揚げと大根スパ、
早速作ってみることにしようっと。

ただ娘の口に合うかどうか不安だが、
そっちはほかのメニューを用意しておくことにする。
いつものことだが、
家庭の料理番もいろいろ大変なのである。(笑)
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大募集

2021年度最初のイベントのチラシが出来上がった。
また目標ができて、寿命が延びてくれるかも。(笑い)
もし興味のある皆さんは、ぜひ応募ください。
全国どこからでも応募可能です。
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いまやらねば

今日の読売新聞朝刊気流欄に掲載されていた意見に
目がとまった。、
(そうだよなあ)と思わず相槌を打ってしまう。
「今やらねば終わらない」その通り!
投稿者はピザ釜を作成中らしいが、
加齢による体力気力の激減で手につかず、
いまや風雨にさらされっぱなし状態らしい。
他人事ではない。
年末から取り掛かっていた庭木の剪定が、
遅々として進んでいない。
ドッグランも一進一退状態だ。
これから畑の作業も増えてくる。
それに今年は老人会の役員も
仰せつかっている。
他に薬師寺世話人役も頼まれた。
果たしてこの先どうなりますことやら。
他人事で考えないと、やってられませーん!(笑い)
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三が日、その2

正月2日。
近くの町に住む姉娘夫婦と孫を迎え、
妹娘と彼氏も合流して新年を祝いました。
コロナを意識して、
ソーシャルディスタンスを考慮した、
二つの席に別れての食事。
私は台所に最後まで控えての対応です。
子供らの求めに応じて料理や飲み物の提供担当です。
席に加われなくても、
ちとやなりに幸せを感じながらの時間を送りました。
家族の希望をいれて「肉のしゃぶしゃぶ鍋」です。
いつもは口にしない上等の肉を購入し、
野菜は自家製の白菜や大根、ネギなどをどっさり用意。
味噌ダレは自家製で、ほかにポン酢を用意。
結構好評で(してやったりー)です。

東京都知事らが緊急事態を政府に要請したとか。
ニュースを見ながら、
居酒屋チェーンの本部に勤務する
息子の窮地に不安を持たざるを得ない。
息子から「おせち」を買ってやるのも、
今年が最後になるかも知れない。
息子もある程度頑張ってくれれば、
見切りをつけるのもやむを得ないと思う。
どちらにしても、
親としてバックアップする態勢を整えておかねば。(ウン!)
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三が日

カウントダウンを聞いてすぐ、
家の裏手近くにある高峰神社へ初詣で。
まだ暗い中を私と妻、娘と彼氏、
そして源ちゃんと家族勢ぞろいで歩いた。
石の鳥居をくぐった先に本殿がある。
どうやら一番手らしく、
人の気配は全くない。
新しい年への希望を願ってて柏手を打った。
帰り道に初詣でらしい地元の家族とすれ違い、
「おめでとうございます」「おめでとうございます」

お正月。
どこへ行く当てもないので、
思いっきり源ちゃんのお相手を務め当て、
造成(?)中のワンワンガーデンの試走である。
我が家に来て3か月、逞しくなった源ちゃん、
首輪もないフリーダムな我が世の春を謳歌、
元気いっぱい走り回った。
ついて回るのが精いっぱいで、
かけっこの相手など不可能。
ゼーゼーと息つく私の顔をぺろりと舐めてくれた気ちゃん。
真っ黒な顔の中につぶらな瞳。
まだ子供である。思わず抱きしめていた。
(カワイイーやつめ)

しかし、この先お相手が務まるかどうか、
いやはやでアール。(初大笑い)

今夕は長女夫妻と孫が里帰り(?)してくる。
昼からはその歓待料理の用意に集中だなあ。
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元旦

新年あけましておめでとうございます。
コロナの猛威にさらされる現実は、
いかんともし難いですが、
すこしでも前に希望を
見だしていきたいものです。
新しい年もよろしくお願いします。

我が家の元旦は、
久方に夫婦と
娘、娘の彼氏の顔が揃いました。
子供4人がいたころは、
なんとも楽しい元旦だったのが、
ここ数年は夫婦二人だけでした。
生きていてよかったと内心嬉々としています。

おせちは名古屋で働く長男の会社特製品です。
プラスして夫が腕を振るったお重も並びました。
三人の子供は写真で参加させました。(笑。迷惑だろうな)

新しい家族の源ちゃんとも、
新年のあいさつを交わして、
一緒に駆け回りました。
少々息切れしたのは愛嬌です。(大笑い)

今年もよろしくお願いします。
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