昔プロ?

 また娘は鼻をクンクンやっている。食べる前の行事化しているのに気づいたのは少し前。
「なにか匂うか?」「別に。気にしないで」
 これという意図はないらしい。ただの癖と言っていいのかわからないが、料理を作った側の気分はよろしくない。
「気になるなら、はっきり言え」
 少し口調がきつくなった。
「ごめんね。ただ食べ物は、見た目と香りで決まるわ。お父さんの料理はすべて合格だよ。隠し味だって嗅ぎ分けられるんだから」
 ほっとした。定年退職するまで調理師。料理には自信とプライドがある。それをクンクンやられては憤慨して当然。相手が娘では爆発するのを抑えるしかなく、かなりストレスをためていたのは確か。その鬱積した気持ちを一変させてくれた「お父さんの料理はすべて合格」という最大の誉め言葉。
 洋食が専門だったせいで、家庭の料理番になった初期は、日々の献立に四苦八苦。毎日洋食では家族もうんざりする。当の料理番が洋食に不向きな高齢者の仲間入りをしている。
「みんな何が食いたい?」
 思い余って家族に尋ねた。
「家庭料理でしょ。日本人だもん」
 意外に一番若い娘のリクエストは家庭料理。中でも味噌汁は毎日食べたいという。飲むではなく食べる。具沢山の味噌汁をご所望だ。
「煮っころがしとか焼き魚なんかがいい」
 妻は当然のごとく家庭料理派。
「台所から漂ってくる味噌汁の匂い、最高!」
「サンマや塩サバを焼く匂いも、食欲をそそってくれるよ」
 似たもの母娘。もっと言えば洋食より和食がいい私を含めた似たもの家族なのである。
 初心に戻り、ネット頼りで家庭料理レシピを始めた。朝の台所から届く「コトコト」に味噌汁の匂い。朝餉の香りが家の中を満たす。
「幸せだな~最高だよ!」
 娘のクンクンは家庭料理番への賞賛なのだ。

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