おもろいなあ、僕が先生やて?

「これからもよろしゅうに。なんも出来ひん子ですねん。先生だけが頼りです」
 M君のお母さんは何度も頭を下げて帰った。しかし、この頼みには弱った。だいたい私は先生と呼ばれるような人格者ではない。仕事はただのコック。趣味で三十年近くアマチュア劇団の活動に取り組んでいるだけ。
 M君は私が主宰のアマチュア劇団に参加して来た高校生。もう半年になるが、ひどく不器用で台詞覚えも悪い。それでも言われたことは素直に従う今どきの若者だった。その彼を辛抱強く指導した。せっかく演劇に興味を持ってくれたのだから。
 たぶんM君は他に何も楽しめるものがないのだ。私の褒める手法の練習を結構楽しんでいる。結局彼は下手なりにメインキャストをやりきった。打ち上げの時、M君を誉めそやした。本当に嬉しかった。演劇に関してゼロ以下の可能性と思えたM君は、私の指導で殻をひとつ破ったのだ。M君のお母さんは、公演で駄目な(?)息子の晴れ姿に大感激し、私を先生と崇めたてたのだ。
 しかしM君は二度目の公演に穴をあけたうえ劇団を連絡なしに辞めた。落胆したが、若い人と付き合いが長いと、珍しい事ではない。(よくある事、自分の力が足りなかったんだ)と諦めるだけだった。
 二年後、またM君に会う。彼は劇団の稽古場に顔を見せた。高校卒業間近のはず。オドオドした様子は相変わらずである。別に腹は立たなかった。
「お願いがあって…」「なんだい?」
 聞くとM君の学校の進路指導の先生が私を知っている言う。母校で英語を教えてくれたY先生だった。懐かしい名前である。
「先生が齋藤さんに就職のこと頼んで見たらって。生徒会長もやったしっかりした面倒見のいい人だからきっと頼りになるからって」
 驚いた。Y先生が私を覚えていてくれた。「お願いします」M君は頭を下げるだけ。高校で紹介された就職先に受からなかったのだろう。Y先生も困って、昔の教え子にM君を託したのだ。
 とにかく友達を頼って、車の整備工場を斡旋した。頼まれたら断れない。Mくんも恩師も失望させたくなかった。結果、彼の就職はなんとか決まった。
「ほんまにありがとうございました。先生には散々お世話になりながら、この子はえらい迷惑かけてからに。それをまた助けて貰うてなんと感謝していいか…」
 ペコペコするお母さんに恐縮した。
 公演の日。楽屋になんとM君が顔を見せた。
「なんか手伝える事あったら……?」」
 社会人になってもたどたどしい物言い。
「それぐらいしか、俺…出来へん…」
「ええねん。顔見せてくれただけで充分や」
 久しぶりに気分がよかった。こうでなくっちゃ、お互いさまや。手を差し伸べあえる人間関係が続いていけば、最高じゃないか。
 
人間て面白い。
長く、そして前向きに生きていれば、
痛快に思える体験もできるんだ。
その人生も、
そろそろカウントダウンに入ったかなあ。(苦笑)
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