墓参で

「伯父さんの生まれ変わりや、よう似とる。伯父さんは、そら真面目で孝行息子やったぞ」
 何かにつけ、伯父と私を重ね合わせた祖父。
 太平洋戦争中にビルマで戦死した伯父の名前から一字貰ったわたし。伯父を知ったのは、仏壇の上に掲げられた軍服姿の遺影と、村の共同墓地入り口に居並ぶ戦死者の墓碑からだった。二十九歳、陸軍上等兵、ビルマ戦線にて戦死と刻まれた墓碑は、盆の墓参りが来るたびに、胸の内で読み続けている。
「伯父さんはのう、そら親思いで、優しかったのう。よう勉強もできたし、仕事かて、誰にも負けん頑張り屋やったわ。うん、うん」
 祖父の脳裏に刻まれた息子の姿は、世界一輝いていたのだ。
 働き者の祖父は、農作業や山仕事に必ず孫を手伝わせた。兄とわたしは、手取り足取りで百姓仕事を教え込まれた。
「伯父さんは泣き言ひとつ言わなんだぞ」
 まだ子供の兄とわたしが仕事を怠けると、祖父は伯父を持ち出しての小言だ。野外で遊ぶのが好きな兄と違い、家の中で読書や絵をかいたりする方だったわたしは、やはり百姓仕事がうまくできずに失敗した。野山で弁当を開いたとき、祖父はわたしが大好きな卵焼きを余分にくれた。空を見上げると、穏やかな口調で語った祖父の姿が、記憶に鮮やかだ。
「お前は、いつか伯父さんみたいになりよる。失敗したかて諦めたらあかん。あいつもそうやって大きくなりよったんや。……逝ってしまいよったが、ちゃんとお前に引き継いでくれとる。ほんまに、伯父さんと瓜二つや」
 祖父は亡くなるまで、わたしにかなり厳しかった。半面わが子を見守る優しさが、見守る祖父の笑顔に込もっていたのを思い出す。
 祖父の戒名が刻まれた位牌を前にすると、矍鑠然とした祖父の姿を思い出す。いま手を合わせ、ようやく心の底を打ち明けられる。
(伯父さんを超えたで。いまやったら、俺に文句言うことないやろ。なあ褒めてくれよ)
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