12月の思い出ものがたり

夢見ていたちひろ美術館だった。
仕事を休み、
わざわざ兵庫の田舎町から
東京まで足を運んだのは正解である。
想像以上の感動を覚え、
じっくり時間をかけて
館内を巡った。
 土産に
ちひろの絵が印刷された
色紙としおりを買った。
絵本もと思ったが、
すでに手に入れている本の陳列に、
あっさり諦めた。
 田舎町でアマチュア劇団をやっている。
参加メンバーは十数人、
年齢も仕事もいろいろで、
バラエティに富んだ仲間たちだった。
土産は彼らに渡したくて買った。
たかがしおりでも、
あのちひろの絵が描かれてある。
きっと喜んでくれるだろう。
 色紙は四枚で、
赤ちゃんと母親の
愛情と絆が満ち溢れた絵ばかり。
こちらは特別な女性への土産。
とはいっても、
彼女の方は
こちらを特別な存在には思っていない。
所詮片思いに過ぎない。
実は彼女も劇団の一員だった。
「ワー、
これ岩崎ちひろの代表的なやつよ。
ありがとう」
「たぶん好きなんじゃないかと思ったから」
「好きなんてもんじゃないよ。
わたしには
神様みたいな存在なんだから!」
 彼女のハチャメチャな喜びように
少し面喰いながらも、
幸せな気分を味わった。
 彼女はこの春
保母になったばかり。
高校生で劇団へ参加した
生真面目で
ロマンチストな女の子は、
希望の仕事につき
大張り切りの真っ最中だった。
実は
絵本の面白さを
教えてくれたのは彼女。
「おおきなかぶ」
「はらぺこあおむし」など、
絵本の魅力を語る
彼女の輝く顔に魅入られてから、
絵本を愛読している。
「でも、
なんでわたしにお土産くれるの?」
「お前だけじゃないよ。
他のみんなにも
お土産は渡してたろ」
「みんな、しおりだけ。
しおりは私も貰ったし……
あれ?もしかしたら、
わたし特別なの」
 図星をつかれて顔が赤くなった。
うろたえながらも懸命に弁解した。
「いつもの冗談なんだ。
もう慣れっこだから、
だまされへんよ」
 あっけらかんとした
彼女の言葉に救われた
。すぐ笑いに紛らわせて逃げた。
 彼女との年齢差十三。
それがいつも
自分の思いを素直に打ち明けられない
ブレーキとなった。
だとしてもどうしようもない。
劇団活動をやっていても、
根は人見知りが激しく
友達も数えるほどしかいない。
女性との付き合いなど論外で、
いつも遠くから憧れるだけの
片思いに終わった。
今回もそうなりそうだ。
「とにかくありがとう。
ほんまに嬉しいわ」
「い、いや、
そない大げさなもんじゃあらへん。
気にせんといてや」
 冷や汗をかきながら、
内心大いに悔やんだ。
思う相手に
熱い思いを素直にぶつけられない
優柔不断な性格を恨んだ。 
 十二月に入り
誕生日を迎えた。
(三十二か。
嬉しくも悲しくもないわ)
今回もアパートの殺風景な部屋で、
ひとり寂しく過ごすしかない。
ついて出るのは
溜め息だけだった。
 誰かがドアを叩いている。
開けると
彼女が立っていた。
(なぜ?)
間髪を入れず
リボンのかかった包みが
差し出された。
「誕生日だったよね。
おめでとう。
この間のお土産のお返しだから、
気にせんといて!」
 一方的にいい、
背を向けて
さっさと去った。
「え?」
 包まれていたのは
ガース・ウィリアムスの絵本
「しろいうさぎとくろいうさぎ」。
たしか一度
彼女に薦められて
読んだことがある。
 彼女の贈り物と
誕生日の昂揚気分が絡まって、
絵本の世界へ
入り込んでしまった。
前に感じなかった
心のときめきを覚えた。
 くろいうさぎの願いは
「いつまでも
一緒にいられますように」
しろいうさぎは
「これから先、いつも一緒にいるわ」
……両想い!
 思わず絵本を抱え込んだ。
(明日、
僕の思いを
正直に彼女に伝えなきゃ!)
 もう迷わない。
彼女のプロポーズに応えなくては、
男として
疑問符がついてしまう。





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