あの日あのとき・

記者が期待した答えでは
なかったろうが、
禁煙喫茶店に踏み切る動機は
他にはなかった。
授かった三人目の赤ちゃんは
生まれて早々額にできものをつくった。
日を追って広がり
痘痕そのものの症状を呈した。

「アトピーですね」

 医師の診察は
私たちの生活を変えた。

 ママパパ店の喫茶店を
夫婦二人で切り盛りしていた。
自分の店を持って独立するには、
子育てを済ませているのが
理想だと学んでいたが、
こればかりは
そう計画通りに運ばない。
縁に薄かったわたしは、
店のオーナーになって、
ようやく
伴侶を手にしたのである。

 独立一年目で結婚、
長女を授かった。
店をやるのに
てんてこ舞いの最中だった。
翌年に長男が誕生した。
皮肉にもパパママ店が
パパ店になってしまった。
長女が生後数か月で
難病を発して
長期の入院を余儀なくされて、
まさに綱渡りの喫茶店経営だった。

 長女の育児は
実家の母に助けてもらったが、
長男が誕生すると、
子連れ狼となった。
喫茶店の仕事をこなしながら、
赤ん坊の世話をした。
棚に寝かしつけて、
私と妻は
一心不乱に働いた。

 その場しのぎ的な
育児と仕事で
苦闘する生活も慣れると、
それが普通になった。

 喫茶店も軌道に乗り、
子供たちも小学生になった
七年目に
授かったのが次男だった。
やはり店に連れてきて、
ベビーカーや棚に
寝かせながらの仕事になった。
一度体験しているし、
常連さんの理解もあって
苦にもならなかった。
そこに『アトピー』告知という
難題が持ち上がった。
思案の末に生まれた苦衷の策が
『禁煙喫茶店』だった。

「いいお話です。
しっかりと
記事で紹介させてもらいます」

『禁煙喫茶店』に至る
ドタバタの顛末に
何度も頷きながら、
記者はメモを重ねた。

「おい。これ見てみいや。
すごいことになってるで」

 思わず妻を呼んでいた。
飛んできた妻は
私が開く夕刊を
さっそく覗き込んだ。
そして言葉を飲み込んだ。

 全国紙、
それも天下のA新聞の夕刊だった。
なんと一面の半分を占めて
『禁煙喫茶店』の記事が
掲載されていた。
私と妻は顔を見合ったまま、
凍り付いてしまった。

 翌々日から激励の手紙やはがきが
多く配達された。
「頑張ってください。
ご家族のために英断を下された
お父様に感激しました」
「たばこの害は
みんなの意識で改善していきましょう」
「紫煙のない喫茶店で
ゆっくりコーヒーを味わいたいと
長年夢見てきました。
それを実現されたマスターに感謝します。
エールを送らせていただきます」
たばこの白い煙に
嫌悪感を持たれる人の多さに驚いた。

「えらいこっちゃ。
性根据えて頑張らなあかんわ」

「もしかしたら
成功するかもしれないね」

「ああ!」

ことは
それで終わらなかった。
(続く)
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