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zoom RSS 草を刈る・後半

<<   作成日時 : 2017/06/03 00:18   >>

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「はー。しんどいのう」


「お互い年やからなあ。年々体に応えよるわ」


「まだ、あんた若いやないけ」


 割り当て分を共同作業するKは、まだ四十後半である。七十を目前にした身には羨ましい若さを持っていた。それにしても五十近いのが若いというのもおかしい話である。村の高齢化は紛れもなく進んでいる。


「もう若いもんに任せなあかんのう」


「その若いもんがおらんわ」


 話題は愚痴めいたものに飛ぶ。


 近頃は学業や仕事で街に出た若者は、大半が戻らなくなる。都市集中型の社会における田舎の縮図である。働き口のない田舎に夢や希望を求めても無駄で、結局町に出なければならなくなる。


「隣の村で、若いのんが死によったのう」


「まだ二十七いうやないか。勿体ない話やで」


 話はどんどん広がる。作業中の喋られない分、休憩になると反動で饒舌になるのも致し方ない。


「あっこの親父さんなあ、わしと同級なんよ」


 二十代の息子に先立たれた父親は、同じ小学校中学校を卒業した同窓生だった。


「身につまされてのう。他人事やあるかい。父親の身になったら、そらたまったもんやないで」


「自殺らしいのう。それもあって家族葬や」


 初耳だった。ただ亡くなったと聞いていた。それが自殺だとは、ますます切なくなる。子に先立たれる不幸だけでなく、絶望的な不幸が重なるとは、考えるだけでも辛くなる。


「ご苦労はん」


 別地区の隣保長Мだった。草刈り機の燃料補給に、役員は軽トラで走り回っている。


「お?」


「久しぶりやんか」


 Мはよく知っている。十年ほど前に務めた隣保長の仲間だった。いま五十半ばである。こちらの訝し気な表情に気付いたМは弁解めいた口調でいった。


「二度目のおつとめですわ。うちの隣保は人が少ないさけ、また番が回って来ましたんや」


「そら大変やがな。まーご苦労はんなことや」


 所属する農会に三つの隣保がある。農会は田舎の町内会みたいなものだ。各隣保を構成する戸数には、かなりの差がある。Мの隣保は多いところの半分に満たない。二年任期で順繰りの隣保長のお鉢が再び回って来たのだ。


「それが不公平やて、村で検討しようかいちゅう話が出とるやろが。この間、回覧回っとったやろがい」


 迂闊なことに回覧は見ていなかった。煩わしいことは妻任せにしている。


 「このまま推移したら、隣保長のなり手がおらんようになってまうわ。はよ手ぇー打たなあかんで」


 Kは情報通だ。人づきあいが苦手な身には、こんな機会でもないと、ツンボ桟敷に置かれたままになる。


「どの家も跡継ぎは減る一方やし、そら対策講じな、どもならんようになりよる」


 話を聞きながら、Мは混合燃料の一斗缶を、軽トラからおろしている。


「いれときまっせ」


 草刈り機の燃料タンクの蓋を開けると、燃料ホースを使ってプカプカと送り込む。


「隣保長は仕事したらあかん。他のもんに仕事させるために、手配するだけでええんや」


 そう教えてくれたのはМだった。故郷にUターンした出戻り組が、慣れぬ隣保長にオタオタするのを見かねた親切な助言だった。Мはそれをいまも実践している。休憩の後すぐ作業に取りかからせる燃料補給は、いの一番にやる。作業を予定通りに終わらせるためだ。二度目のおつとめがそつのなさに表れている。


「ほな後半もよろしゅうにお願いしまっさ」


 Мはそそくさと軽トラをスタートさせた。


「わしらもボチボチやりまっか」


 Kは腰を上げた。パンパンとズボンの尻と裾をを払った。


 時間を確認すると、十時半になっている。予定時間は十一時だから、あと半時間作業すればいい勘定になる。それが分かっていれば気が楽になる。


 休んだ分、体が重い。草刈り機は容赦なくエンジン音と一緒になって駆り立てる。機械にこき使われる錯覚に時々陥る。


 営農倉庫前にブルーシートを広げた仮の宴会場で慰労会は始まった。直に座り込み胡坐を組んだ隣保の男たちの前に、缶ビールと軽い酒の肴が並ぶ。スナック菓子や裂きイカ、魚肉ソーセージの類いである。


「きょうはご苦労さまでした。事故も無うて無事終わりましたこと、皆さんのおかげです。なんもありませんけど、無礼講で親交を温めて貰うたらと思いますんで」


 隣保長のМは生真面目な口調でいった。


 酒盛りは始まった。いや、酒盛りというほど盛り上がりはない。気のあう者同士が談笑しながら、飲み食う絵図が描かれる。


 ずいぶん昔と様変わりしているのを感じる。


ご時世らしく、酒よりウーロン茶やア●エリ●スが好んで飲まれている。車に乗る人間が多いせいだ。飲酒運転を許さない社会のルールは、こんな田舎にも浸透している。


 さりげなく見回す視線の先にある顔ぶれはすっかり変わってしまった。五十人近い人間の三分の二近くが若くて、よく顔も知らない連中である。ただ若いといっても、もう四十、五十代だ。残りは同じ年配者か年長者である。「もうわしらは引退やのう」


 隣で缶ビールを口にする年長のYが愚痴る。


「しんどうなってもうたわ。来年は、もう隠居さしてもらおうかい。のう」


「そらそうや。年には逆らえんわ。ガハハハ」


 笑いも年寄り臭さが滲み出る。年齢のギャップをしばし忘れる宴会もどきが続く。


思い出したように、腰が痛み始めた。
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