してやったり・その1

洗米タンクの洗浄にかかった。
人間が三人も入りそうな容量のタンクは
洗うのが大変だ。
弁当製造工場の一角を占める
炊飯機は大人しくなっている。
ベルトコンベアーでガス台の上に炊飯釜を送り、
ご飯を炊き上げる時間は、
ゴーゴーと動力音がうるさくてたまらないのが、
まるで嘘に思える静けさだった。

「どないや?」

タンクの上から声がかかった。
中に入ってごしごしと
ステンレスの壁をこすっている千原雄二は、
大儀そうに顔をねじ上げた。
作業を邪魔されるのは
たまったものじゃない。
窮屈な体勢をやっと確保できたのに、
またやり直しになる。
作業が終わるまで、
誰もかかわってほしくない。
その願いは叶わない。

頭上に年齢にそぐわぬ童顔があった。
同僚の貝塚だった。
ニヤニヤしている。

「会社に残らへんのかいな」

「もうええわ、こんなとこ」

 雄二は吐き出した。
これまで同僚の貝塚に
気を使ったことは一度もない。

「そやろな。
こんな会社じゃ残ってもしゃーないか」

「そういうこっちゃ」

「辞めてどないするんや?」

 貝塚の問いかけに、
笑顔を返した。

「どないもこないもあるかいな。
入院や」

貝塚は驚いている。
体の調子が悪いのを
おくびにも出さずにいた成果だった。

四か月前に受けた集団検診の結果が
要精密検査。
雄二はしばらく無視を決め込んだが、
定年退職の日が迫ると、
急に不安を覚えた。
急いでかかりつけの城谷医院に走ると、
大腸ポリープが見つかった。
それも一個ではない。
かなり大きいのもあるらしい。

「これは手術で切っといたほうがええやろ」
子供のころから世話になっている
老医師の言葉は重い。
老医師の勧めに従って、
大きな病院で手術を受けると決めた。
躊躇はなかった。
「まあ悪いもんやないやろが、
ひょっとすることがあるさかいにのう。
内視鏡手術やさかい
あっという間もなく終わりよる。
すぐ紹介状を書くさかいにな」

「お願いします、
先生」

老医師の言葉は気休めぐらいにはなる。
いつもそうだった。
老医師が「ガハハハ」と笑い飛ばす姿は
雄二に安堵を覚えさせた。

「内視鏡手術やります。
四日の入院手続きを
取って貰いましょうか」

紹介されたM病院の若い医師は、
型通りの検査をすると、
即断した。

「あ、あのう。
十二月初めに定年退職しますねん。
できたら、
そのあとでお願いしたいんです。
キリがええんで」

「分かりました。そないしましょうか」

スポーツ刈りが似合う医師は
テキパキしている。
体育会系なのかも知れない。

「城谷さん、
いつも大腸ポリープの内視鏡手術患者を
うちに回してくれはるんですわ。
少しはあちらでやって貰えたらええのにね」

抗議の口調だった。
雄二のかかりつけ医師に、
かなり不満があるようだ。
しかし老医師に
今以上の医療を求めても無理だろう。
雄二は
内心笑いを堪えるのに
必死だった。(続く)

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