1995年小説・帰って来たヒーロー・完結

彼らの復活が影響して、今年の担ぎ手の意気込みはかなり違う。それをさらに煽り立てる兄たちの姿に、誠はムラの男たちの意地と底力を垣間見た思いだ。
誠は胸が熱くたぎるのを感じた。彼もムラの男衆のひとりに間違いなかった。
「ええか!気張ったれや!この一回しかない思うてのう!神さんにわしらの根性を見て貰おうやないか!」
「おうー!」
 男たちの興奮は頂点に達しょうとしている。担ぎ棒の下に肩を入れた。
「イクゾー!」
「おうよ!」
「チョンチョンチョン」
 周旋の拍子木が始まりを示す。
「ドーンドーン」
 太鼓が打たれる。乗り子の緊張が、バチに伝わっている。
「ヨーイヤセ」「ドンドン」「よーいやせ!」「ドンドン」「ヨーイートーセー!」
 男たちの気合は一つの力を生んだ。
 重い屋台がギシッときしんで、宙に浮いた。男たちの肩に分散された重量がまともにかかる。この瞬間がきつい。肩に食い込んだ担ぎ棒がギッギッときしりなる。
 歯を食いしばった担ぎ手の中に誠はいた。肩に直接食い込む担ぎ棒を、グッと堪える。腰を入れ、足を踏ん張った。
「ヨーホイサ!エエーヘンヤ~~!」
スーッと肩の負担が軽くなる。担ぎ手に均等な力の配分が生まれたのだ。このバランスを最後まで踏ん張り続けなければならない。
「カチカチカチカチ!」
「ドンドンドン!」
「ヨーホイサ!エーヘンヤ~!」
 せわしく交錯する囃しと太鼓と拍子木の乱打。
 布団を三枚重ねた屋根が特徴の祭り屋台は、喧騒とした境内に進み入った。奉納子供相撲の土俵を右回りに練り進む。直線的に進むと面白くない。ジグザグな屋台の動きが祭りを豪壮なものにする。担ぐ男たちはより一層大変だが、もう逃げるわけにはいかない。興奮の極致に身を置く必要がある。
「カチカチカチカチカチ」
 周旋は屋台の動きを拍子木でコントロールする。曲がるとき、観客と触れ合わんばかりな練の中、危険を察知すれば、拍子木を打ち鳴らして、担ぐ男らに知らせる。欠かせない役回りは、ベテランの独壇場だ。
「よーほいさ!エエーヘンヤ~!」
 屋台は境内を一回りすると、いよいよ本殿の前の奉納差し上げが待っている。一番の見せ場だった。境内の観客が唾をのみ、静まり返る。その時がやって来た!
「カチカチカチカチカチカチ!」
 三人の周旋により気が狂ったように拍子木を打ち鳴らされる。興奮のるつぼの渦中に、冷静を保たなければならない周旋だが、彼らの顔は真っ赤になっている。
 誠は担ぎ棒の中ほどにいた。一番逃げやすい外棒だった。屋台が転倒しても最も怪我を避けやすい位置だ。
 誠は周旋の赤い顔を横目で眺めた。なぜか冷静な自分が不思議だった。いや、こんなことじゃいけない。また無様な結果につながってしまう!
「カチカチカチカチカチカチ!」
 いよいよクライマックスの瞬間が訪れる。
「ドーン、ドーン!ドーン!」
 乗り子の太鼓打ちの調子が変わった。氏子による屋台での奉納神事が始まる。
「ええか!気―抜くな!気合入れや!」
 男たちが声を落として掛け合う。誠にも声がかかった。やるぞ!
「カチカチカチカチカチ!」
「ドーン!ドーン!」
「ヤーッショイ!」
 男たちは腰を入れた。足に踏ん張りを入れる。誠は担ぎ棒を両手で抱えた。
「カチカチカチカチカチ!」
「ドーン!ドーン!ドーン!」
「ヤーッショイ!」
 誠は気づいた。体が熱くなっているのを。
「カチカチカチカチカチカチ!」
「ドーン!ドーン!ドーン!」
 太鼓の音は激しさを増した。ここだ!
「ヨーイヤーセ!」
 いよいよだ。
「カチカチカチカチカチカチ!」
「ドーン!ドーン!ドーン!」
「ヨーイヤーセィ!」
 男たちはひとつになろうとする。
「カチカチカチカチカチカチ!」
「ドーン!ドーン!ドーン!」
「ヨーイヤーセィー!」
 ひとつになった。屋台にかかわる男衆も乗り子も、周旋も、かたずをのんで見守る垣内のおじいもおばあも、お母もお父も、子供らも、いまひとつになった!
 男たちの肩にビシーッと緊張が走った。ググーッと屋台が一瞬沈んだかの如く錯覚する。境内の誰もが息を呑んだ。
「そらー!ヨーイートーセェィー!」
 金剛力が男たちに宿る。一斉に筋肉が弾けるかのごとし逞しい腕を天に突き上げた。書き棒が手で支えられている。いま、屋台は天を突く勢いで差し上げられた。
「カチカチカチカチカチ!」
「デンデン!」
「ヨイヤサ!ヨイヤサ!」
「カチカチカチカチカチカチ!」
「デンデン!」
「ヨイヤサ!ヨイヤサ!」
 軽快で力強い。屋台は前後に激しくゆすぶられる。何度も何度も、何度も。最高の見せ場だった。誠は無我夢中で腕を上下させた。気が遠くなるような快感におぼれた。
「パチパチパチパチパチ!」
 境内を拍手と歓呼の声が包んだ。
「ヨーイヤセー!」
 最後に力強く差し上げて静止する。一秒二秒三秒……!腕が痛い。今にも崩れそうになる。歯を食いしばり、足を踏ん張り、それを堪える。誠の頭の中は空っぽになった。雑念は微塵もなかった。
「パチパチパチパチパチ!」
 また境内の歓呼がワーッと大きくなった。渦を巻くように強力に広がっていく。
(……やったー!)
 誠は心の中で快哉を叫んだ。
 誠は感じた。前後左右、周囲の男たちがヒーローになったのを。その渦中に誠は存在する。彼もヒーローになっていた。そう!氷見誠は、やはりヒーローなのだ。彼は帰って来たヒーローだった!

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