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zoom RSS 1995年小説・帰って来たヒーロー・9

<<   作成日時 : 2016/04/28 01:27   >>

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手に少し力を込めて押した。その体勢を保ったまま、首を捻じ曲げて頭上を見上げた。岩が揺れているかどうかを見極めるには、上空に突き出た松や椚(クヌギ)など雑木が四方に伸ばす枝葉の影が岩の肌に映した動きを見れば一目瞭然だ。無風で枝葉が揺れていれば、間違いなく岩自体の揺れだ。
「あれ?」
 そんな馬鹿な!誠の思いを裏切り、枝葉の影はそよとも動かない。心のうろたえは誤魔化しようがない。
(くそったれめ……!)
 誠は自分を呪った。俺にはもう素朴な善はないのか。そんなはずはない。東京生活の中でも、優しさと正義感を貫いたはずだ。そのおかげで、都落ちの憂き目にあっているのだ。
 気を取り直した。タロのひもを靴で踏みしめると、今度は両の手を思い切り強く突き出した。岩にグッと阻まれる。足を踏ん張り重心を落とした。気を集中させて岩をグイグイと押した。
『ゆるぎ岩』は一向に揺れなかった。びくともしない岩肌から、視線を頂きに移した。焦燥感がじわじわと襲う。
(村を思い出しもしなかった東京暮らしの俺は、愛惣尽かしされたんだ……?)
 無性に寂しい。ふるさとに拒絶されたのか?
 誠はタロのそばに座り込んだ。「クィーン」と顔を舐めてくるタロが救いだった。鼻面を片手で撫で、もう一方の手でおでこをコツンと叩いた。タロは気にもせず、誠の口を舐めるのに夢中だった。

 姫路に出ると、さっそく駅前にある電話ボックスのひとつに入った。
 諳んじている牧口かおりの電話番号をプッシュした。誠が学んだ調理学校の仲間だった。実はかなり親密な付き合いをした時もあった。結婚など毛頭頭にないフランクな関係だった。もちろんと言えば語弊はあるが、昔風の一線は越えている。ただ、誠が東京に出ると、待ってましたとばかり連絡は絶えた。「チーン」と電話はつながった。
「はい、牧口ですが」
 予想にない男性の声だ。一人住まいのはずのかおりの部屋に男性がいる!慌てて受話器をフックにかけた。彼女に今更俺の出番はないようだ。
 姫路魚町の一角に割烹をうたった小料理屋を友人が開いている。やはり調理師学校で共に学んだ塩崎だった。
 暖簾をくぐると、懐かしい顔が迎えてくれた。仕込みを若いスタッフにまかせた塩崎は、誠の相手を務めた。
「お前が飲みつぶれるまで付き合うたるわ」
 塩崎の顔は昔に戻っていた。久しぶりに気を許せる場面を得て、誠は旧友とスナックや居酒屋のハシゴを楽しんだ。
 
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