1995年小説・帰って来たヒーロー・7

 担ぎ手にしても、要となるべき青年は、時代の風潮に違わず、祭りのために仕事を犠牲にするのを嫌う。もちろん村から出て戻らない若者が増加の一途も、担ぎ手の不足につながっている。
すでに引退している中高齢者を担ぎ出さざるを得なくなった。祭りの高齢化は、もはや止めようがない。そんな状況だから、誠のような若いUターン組は大歓迎される。
「お前の祭り襦袢、ちゃんとしまっといたからのう。いつでも間に合うわ」
 母もすっかりその気になって、口を出した。
「そない用意が出来とんやったら、やるっきゃないやないか」
「そうや。もう逃げられんぞ。覚悟決めんかい」
 兄にハッパをかけられた弟の取るべき道は、ひとつしかない。
「よっしゃ!いっちょうやったるか。久しぶりやで、はや緊張してまうわ」
「その意気や。誠、その意気やで。さすが、わしの弟じゃい!」
 兄は喜色満面で立ち上がった。高揚した笑いが自然に生まれた。誠もつられて笑った。心の底から笑うのはいつ以来だろう。実に気分がいい。
 翌朝、誠はかなり早く目覚めた。仕事をしていれば、今日のシフトは早番のはずだ。まだ職場のリズムが抜け切れていないのを思い知る。早番の日は朝五時前に起床、手際よく身支度を済ませても三十分はかかる。下北沢から新宿まで小田急を利用して十数分。職場に入るのは六時前後になった。
 そんな習慣に慣れ切った意識から解放されない限り、東京暮らしで累積されたストレスの一層は無理である。
 もう一度布団にもぐり込む気にもなれず、誠はのろのろしたしぐさで着替えた。時計を見直すと、まだ五時をちょっと過ぎたところだった。
(歩いてみるか……!)
 思い立つと誠はシャキッと背を伸ばした。
 実家はかなり広い。家屋の端っこにあるのが納屋。昔は牛を飼っていた場所だが、今は農機具置き場だ。その入り口に犬小屋がある。兄の手作りだった。そこに住むのは、雑種犬タロである。もう十年飼われていて、誠の愛犬と言っていい。
「おい、タロ。ちょっと付き合え」 
 タロは大喜びで尻尾を夢中で振っている。可愛い奴だと思う。首輪につながるひもを外して、左手にくるくると巻いた。しつけなど無縁に育ったタロは、散歩の途中、いきなり走り出したりするから油断できない。
こうしておけば安心だ。
 早朝の空気は気持ちいい。タロと走っていると、五年前の記憶が昨日のように蘇る。
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