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zoom RSS 1995年小説・帰って来たヒーロー・6

<<   作成日時 : 2016/04/23 00:45   >>

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「ほうか。ええ経験したみたいやな。それ聞いたらひと安心や。お前、知っとうか?」
 龍は顔も上げずに訊いた。
「なにを?」
「八坂裕子って女の子、覚えとるか?」
「ああ、俺の同級や。みんなの憧れやったなあ」
 頭が良くて美人、クラスの男だけでなく先輩や後輩の男連中からも羨望の目で見つめられていた。同性の人気もあって、いつも級長や副級長に選ばれていたのを、よく覚えている。誠にとっても憧れの君だったのだ。
「その子なあ、先月死んだらしいぞ」
「え?」
 思いもかけない知らせだった。
「あの子も東京へ出とったそうやないか。
 そういえば、裕子は東京の有名女子大に進んでいると噂で聞いていた。その彼女が死んだ!東京で!どうして死ぬ羽目に陥ったのか?先月と言えば、誠も東京にいた。
「またなんぜ死んだんやろ。病気かなんかか?」
「へえ、お前知らんのか。あの事件、こっちの新聞には、そろ大けな記事になっとったわ」
 事件?新聞に大きく掲載された。それを誠は知らなかった。東京は広い。新聞の販売エリアが違えば、少々の事件などお目にかからなくて普通だった。
 裕子は、埼玉のラブホテルで変死体になっていた。あられもない姿で発見され、殺人事件として扱われたという。犯人が捕まったという報道はその後ないままらしい。
 あの憧れの君、清純そのものの八坂裕子が殺される。その舞台がラブホテル……とても信じる気にはなれない。しかし、それは現実そのものだった。
「田舎もんが東京へ行ったかて、ロクな目に合いよらん。憧れとったらえんや、東京っちゅうとこはのう」
 龍は悟りきった顔で締めくくった。東京どころか、神戸や大阪へもほとんど行く機会のない兄の世界は、この田舎が唯一無二の存在なのである。
 龍は熱く煮えて湯気が立つ肉を頬張った。
兄は逞しく、この田舎に根を張って生きている。頭が自然と下がる。兄の主張に反論する気は微塵も頭をもたげなかった。
「マコちゃん。あんた、ええとこに戻って来たわ」
 義姉の真由美が、追加の野菜と肉の皿を運んできた。彼女は誠のいい理解者だった。誠の東京行きを、家族が渋るのを一蹴して、背中を押してくれたのである。
「ええとこて?」
「あんた、もう忘れてしもうたんかいな。祭りよ、祭り」
「おう!それや、祭りやがな」
「そうか……祭りか……!」
 誠はやっと気づいた、秋祭りの時期なのに。自分の身辺整理に振り回されて、すっかりふるさとの一大イベントを失念していた。東京の水に中途半端な染まり方をしている氷見誠が、まだここにいた。
「来週に入ったら早々や。おい、誠。今年は俺と一緒に屋台を担ごうや。うん、そうや、そないしょ!」
 嬉しさを吐露した兄は、ビールのコップを突き上げた。誠と違い大の祭り好きである。これまで一度も、いや父の忌中で抜けざるを得なかった折はさておいて、秋祭りの参加は欠かさなかったのが自慢だった。子供の時は太鼓を打ち鳴らす乗り子を務め、中学に進んだらもう男衆の仲間入りをした。一人前に豪壮な祭り屋台を担ぐ一団の中にいた。青年団では祭り組織のリーダーに推され、村では別格の扱いを受けている。
 秋祭りは、十月十日の体育の日に行われる。あと一週間あるかないかだ。昔から受け継いできた伝統の祭りは、宵宮と本宮の二日間、氏子である四っつの村を上げて盛大に行われた。それが社会情勢と合わなくなり、第一土曜日と日曜日になり、今は体育の日一日となった。
 秋祭りの期間、小学校は特別に休みとなった。それを日祭日に振り分けて、授業への影響を避けるようになった。伝統を守れるじだいではなくなったのだ。
 近年は乗り子も担ぐ男衆も頭数は激減の一方だ。男の子だけに限られていた乗り子も、女の子を代役にしろという声も上がっている。幸か不幸か実現に至っていないが、男の子の確保はますます困難を極めている。学校に塾、クラブ活動に稽古事を優先して、夜間に二週間ばかり行われる太鼓打ちの稽古に顔が揃わないのだから何をかいわんやである。

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