くそっ!

鏡を手放せなかった。20代半ば、恋する男を演じていた時である。
 と言っても、自分の顔を映して悦に入ったり、髪型に一喜一憂していたわけではない。コンタクトレンズの装用に欠かせない道具だったのだ。
「メガネをかけた男の人って、好きになれないの、ゴメン」
 失恋相手に面と向かって言われたのがきっかけだった。コンタクトに青春の夢を賭ける気になったのだ。
 当時の主流だったハードレンズの取り扱いは結構難しかった。装用の練習に1週間も眼科に通った。
 鏡で確認しながら、レンズをはめたり外したり。鏡をじーっと見つめて、指の先で小さいレンズを装着する。慎重なプロセスを繰り返した。
「あなたはナルシスト?そこらにいる女の子顔負けね」
 いくら皮肉られても、鏡なしでコンタクトの取り外しは危険だった。特に不器用な私には、必須アイテムだった。
 いつもポケットに手鏡を忍ばせた。その苦労の甲斐あって、ついに結婚相手を獲得した。
 結婚後、すぐコンタクトは止めた。それでも鏡は携帯必需品として残った。
 今でもポケットからおもむろに取り出した鏡を覗いて、ニヤリとしてしまうことがある。
(2014年原稿)

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