人間らしさにじむ運転を

人間らしさが滲む運転を

 狭い通学路を歩いていると、いきなり車が体すれすれに走り去った。スピードを緩める気配など全くないから危ない限りだ。
 その車が少し先で対向車とすれ違った。ぐぐっとスピードを落とし、ゆっくり慎重に相手の車を思いやる『思いやり走行』をしているではないか。
 その対向車はすれ違った後、またスピードを上げて、通行人など目にも入らぬのか、そのままわたしのそばをすれすれに走り抜けた。
30キロ制限の道のはずだが、5,60キロは出ているようだった。
 どうやら世の中、車と人間は主客転倒してしまったようだ。人間より車を大事に思いやる、いまいましい光景がやたら目につく昨今だ。
 人間は運転席に座ると、機械の一部に化すのだろうか。それも不完全で始末に悪い。
それが人間より車本位の行動を生み出している。考えてみれば実に怖い限りだ。
 他人事ではない。わたしも車を運転するとき、歩行者や自転車への思いやりより、路上駐車中や走行する車をより意識しがちだからだ。
 よく人間教育などと言われるが、車の運転こそ、テクニックや機械の構造、表向きの法規習得よりも、何物にも代えがたい人間らしさを重視の教育を優先させるべきだ。
(神戸・1994・5・20掲載)

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