帰郷ーそして何かがその1

帰郷―そして何かが

 何年ぶりの故郷だろうか?ちょっとした感慨に、沢口龍悟は何尾もとらわれた。
 千葉の大学を出て、そのまま先輩の伝手で就職先を現地企業に決めたときから、龍悟と生まれ故郷のK市との距離は限りなく広がり始めた。
 もう20年以上になう。結婚もし、既に二人の子どもにも目軍れて、家も千葉に買って落ち着いた。仕事も順調で、少しは責任のある立場になり、充実した毎日だった。
 千葉で暮らし始めた数年は、毎年、正月盆とかなり律儀に帰郷していたが、家庭を持った頃から、自然とその回数も減った。ここ何年かは忙しさにかまけて、すっかりご無沙汰の故郷、K市だった。
(俺の故郷はKから千葉の方に変わってしまったということやな)
 龍悟は自嘲気味にそう思う。
 いま龍悟の目の前に広がるK市東畑崎地区は大きく変貌していた。彼が記憶に刻んでいる故郷の姿は、地区の背後に連なる山々の深い緑だけを残していた。
 それに、鉄筋モルタルのマッチ箱に似た外形の家が軒を列ねている風景も、時代を経て古ぼけた印象はぬぐえないが、あの頃と同じだった。市の同和対策事業で実現した一戸建ての家だったが、いま見る寒々とした光景は、それがあてがわれた形式上のものであったことを如実に現わしている。
 龍悟は県道端ををゆっくりと歩きながら、そんな東畑崎を望見した。昔と同じに、立ち止まりはしなかった。龍悟が眺める東畑崎は、やはり彼だけが心に刻んだ故郷に、いまも昔も変わりはなかった。
 龍悟の家族は、東畑崎と隣り合った清土地区にある彼の実家で寛いでいるはずだった。清土の実家は龍悟の母の生家である。いまは母が暮らしている。東畑崎には彼の父親の家があるはずだった。その父は龍悟が物心つく以前に他界したと母に聞かされている。母の手元に父を偲ばせるものは見事に何もなかった。龍悟は父の顔をいまだに知らずじまいだった。
「お前のお父さんは東畑崎のもんや。お前は三つになるまで、お父さんのとこで大きゅうなったんやで。憶えてないやろけどな」
 母が龍悟に戸籍抄本を突き付けられて、再三再四の追求に、やっと重い口を開いたのは、龍悟が高校3年の夏だった。戸籍には龍悟は私生児として記載されていた。
「そやけど、もうお前は東畑崎とは何も関係ないんやで。ええか。お父さんのことは、ソッとしとかなあかん。分かるやろ、いまのお前やったら……!」
 母の言葉に龍悟は黙り込むしかなかった。
 畑崎地区は西と東に分断されている。東地区は被差別部落だった。龍悟の父親は、大阪で離婚した母親に連れられて東畑崎にやって来た。東畑崎には彼女の親戚があった。畑崎の住人のほとんどが草水姓なのに、龍悟の父親が谷間姓だったのは、そういう事情からだった。
 龍悟の母は隣接するM市に働きに出て、やはりそこに勤めていた父親と出会い恋に陥った。彼女が両親に「結婚したい人がいる」と打ち明けたとき、既に母のお腹に龍悟が宿っていた。
「あいつは東畑崎のもんやないか。そんなんと恥知らずな真似しくさってからに」
 母の父親は怒り狂った。一番の理解者である母親も苦渋の表情で、ただ黙って娘を見つめるだけだった。
 結局、母は家を飛び出すと、M市で父親と所帯を持った。谷間の家も彼の母親の頑なな名反対があって、とうとう母は彼の籍に入ることは叶わなかった。生まれた龍悟は私生児となるしかなかったのである。
「やっぱり無理やったんや」
 母は府たちが湧かれた経緯の多くを語らず、そういったきり口を閉じた。龍悟もそれ以上は追及出来なかった。ただ顔を覚えていない父親の名前だけはついに聞き出したのだ。

 沢口の家に戻ると、龍悟の妻理香子は義母を手伝って、巻きずしを巻いていた。家の中はすし飯の合わせ酢の甘酸っぱいにおいが漂っていた。
「帰ったんか?」
 目敏い母は龍悟に気づいて、声をかけた。もう七十を過ぎた母は、久方ぶりに帰郷してくれた一人息子とその家族を歓待するのに躍起となっていた。
「はよ支度して、神社へ行ったらんかいな。龍一ら、待ち草臥れてるで」
「ああ、分かっとる。すぐ行くわ。その前に一服さしてくれや」
 龍悟は居間の座敷机の前にドッカリと座り込んだ。煙草を一本口にくわえた。
(続く)
(のじぎく人権文芸賞平成十年度入選作)

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