コラム・7

男が泣くとき

 元来、涙もろいほうだから、感動的なテレビドラマを見てはしょっちゅう涙ポロポロで、妻や子どもらに呆れられている。
 だから生まれて40数年、限りなく泣いているわけだが、そんな中に強烈な印象で記憶に刻まれている涙がひとつある。
 三十三歳にしてようやく漕ぎ着けた結婚式。そして、両親への花束贈呈。その瞬間、見てしまった親父の涙。出来の悪い息子に苦労をかけられっ放しで、すっかり老けてしまった小柄な親父が、皺だらけの顔をクシャクシャにして歯を食いしばっている。痩せた体が、小刻みに震えている。
(…泣くなよ、親父。みっともない……!)
 胸ん中でそう叫びながらも、私に耐えられるはずがない。
 親父と並んで立ち、一同への挨拶もまさに涙々で、親父も私も何度となく、嗚咽を堪えて言葉を失ったものである。
 大の男がふたり、しかも父と息子が涙ボロボロの光景はどんなものだったろうか。
「お前の結婚式、最高に泣かせやがって……!」
 との友人の後日談から察する限り、意外と感動もんだったらしい。
 人の心を揺さぶる男の涙も、どうやら捨てたものじゃなかったようだ。
(サンデー毎日千九百九十二年3月掲載)

争いは、やる気のもと

 夫婦でちいさな喫茶店を経営している。もともと夫がひとりでやっていたのを、結婚と同時に、私も手伝うようになったのだ。内助の功というべきか、お邪魔虫だったのか……?
 夫はこの道20年近いプロ。結婚当初は、保母の経験しかない私に、手取り足取りで教えてくれた。実は夫は13歳年上で、頼りがいのある男性だった。
 しかし、私は生まれつき、興味が持てないものにはいい加減にしか取り組まない性格で、いつまでたってもパートやアルバイト気分から抜け出せなかった。しまいには夫もあきれ果てて、
「もう好きにせえ!」
 とサジを投げた。
 あれから既に7年経過。途中不景気のあおりを受けて、沈没寸前になったことがあった。その頃から、夫と私の立場が逆転し始めたのだ。
 意気消沈の夫とは裏腹に、私は俄然奮い立ち、テキパキと仕事をこなした。自分でもビックリの変身ぶりだった。逆境ににもまれて育った私の本領発揮である。
「お前はいつも手遅れや。もっと前にその気になってくれてたら、店がもう一軒ぐらい増えてたやろに……」
 最近、めっきり老け込んで見える夫の未練がましい言葉に、
「何いうてんの。これからが勝負やない。しっかりしてよ!」
 と、私は遠慮なくはっぱをかける。
 でも、さすがは男。
「そんなんより、こないしたらどう?」
 と口を出すと、
「うるさい!俺はプロや」
 と怒る。
「この方が能率的やわ」
 と手をだそうとすると、
「素人がなにをいうとる。俺がやる!」
 と頑なに頑張りとおす。
 妻にポンポンいわれればいわれるほど、ムキになってしゃかりきに働くのである。
 わが家は、一見、夫婦の諍いが絶えないように見えるが、実はこれ、すべて生活のため、夫のやる気を引っ張り出すためなのだ。
(週刊朝日唱和63年10月掲載)
愛されるおじいちゃんに!

 4人の子どもがいる。いま高校生の末娘のほかはみんな社会人。彼らの情報は妻経由で知らされる。娘も息子も近況を伝えるメールを妻の携帯に送って来るらしいが、世界でたったひとりの父親である私の携帯には一件もない。男親ってのはそんなもんやと心に言い聞かせていても、やはりさびしい!そして空しい…!
 内弁慶な性格もあって、知人どころか、家族にも他人行儀になってしまう。子どもらにも同じ。心を許したざっくばらんな親子の会話は殆どなかった。人生64年目にして孤独の悲哀を味わうのも当然の報いといっていいだろう。でも、何とかしたい。
 近く長女が結婚する。もし孫が生まれたら、この際思い切って、愛されるおじいちゃんに変身したい。父親は不合格だったとしても、ゼロからスタートのおじいちゃんなら合格点を狙えるかも。
 人生最後の機会である。満を持して迎えよう。まだ見ぬ孫の笑顔に、子どもらのメール。こころから喜べる日々を手に入れるために。
(読売ライフ2013年10月掲載)

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