帰郷ーそして何かが・その3

清土団地は数年前に清土地区北端にある一角が開発されて、生まれた新しい分譲団地だった。
「どこの誰やら分からんもんが、ようけ越して来よった。清土の家のもんの新宅もあっけど、東畑崎もんも入って来とるわ。もうなんもかんも混じってしもうてからに。時代はえろう変わっちまったちゅうて、みんな嘆いとるわ」
 そう龍悟の母は、半分ぼやき口調で話した。新しい時代の変化についていけず戸惑いを隠せないのだ。
「おじさんは、やっぱり古いわ」
 男の子が何気なく口にした言葉に、龍悟は思わずドキリとした。古い。確かに古い考え方に支配されている。
 龍悟は息子とその友達らにたこ焼きを買ってやった。喜んで境内のはずれに駆けていく子供たちを見送った龍悟は、知らず知らず煙草を口にくわえていた。ここに戻ってから間違いなく煙草の本数は増えた。
「よう、沢口やないか?」
 宮司の山田だった。小学校から高校まで同じ学校に通った間柄である。
「ああ、山田か」
 近寄る龍悟を、山田は眼鏡の向こうにある細い目を一掃細くして迎えた。
「何十年ぶりや、お前。どないしとったんや」
「まあ、ボチボチやっとる」
「子どもは?」
「おう。二人おる。男と女や。まだ小学校行っとる。そいで、お前の方はどうなんや」
「アホか。嫁はんの来てがないのんに、子どもが出来っかいな。神主かてそないな奇跡起こせるかい」
 山田は我がことをちょっと茶化して弁解した。気まずさを誤魔かそうと龍悟に話題を振った。。
「ほやけど、お前がこっちにおったら、息子はれっきとしたタイコの乗り子やにのう。今日は宮入りの大役を務めとったかも知れんのう」
「まあな……」
 龍悟はさりげなく級友に応じたが、胸のうちは苦いものを噛みしめた思いでいっぱいだった。
 龍悟は寂しくて悔しい思いを繰り返した秋祭りを思い出していた。同い年の清土の男の子らは、豪華絢爛な飾りが施された布団屋台の乗り子になって嬉々とはしゃぎ回っていた。
なのに、龍悟は一度も乗り子になれなかったのだ。
「なんでタイコに乗れへんねん、オレだけ。なんでやねん、なんで……!」
 龍悟が疑問を叩きつけると、母は困り切った表情で、彼を見つめるだけだった。子供なりに、これ以上母を問い詰めたら、とんでもないことになると感じた。龍悟は母から目を逸らせて、悔しさと腹立たしさがない交ぜになった感情をギリッと噛み締めた。
 あれは龍悟の出生に理由があったのだろうか。母は沈黙したまま、その真実をいまだに語ってくれない。しかし、そう推察できるだけの根拠を、いまなら龍悟ははっきりと語れる。
 境内の喧騒が目立ち始めた。宮入の時間が迫っていた。
「おう。そろそろやのう。稼ぎ時やで仕事せなあかん。沢口、またゆっくり話そうや。ほなら、わし行くわ。忙しなるよって」
 山田はそそくさと本殿に向かった。
 乗り子が打ち鳴らすタイコの音と、布団屋台を担ぐ男衆の掛け声が共鳴し合って境内に迫りつつあった。宮入りが始まろうとしていた。境内を行き交っていた参拝人が後退り、境内のど真ん中に大きな輪を作った。
「おとうさん!」
 娘の奈津実だった。その手に繋がって妻の理香子が笑っている。
「いよいよね。楽しみだわ、スゴイんでしょ、宮入りって」
 理香子は単純明快に期待感を口にした。千葉の町中の借家に彼女は生まれている。龍悟が持つ故郷と同じものを端から持っていなかった。そんな彼女だから、きょうの祭りをまるで自分の故郷であり、お祭りであると受け取っている節がある。
「あなたも、ちいさい頃、タイコに乗ったんでしょ?」
「え?あ、ああ」
「幸せね」
(何が?)と思わず訊いてしまうところだった。
「どうしたの?」
 理香子に複雑な思考を、いま望むのは酷と言うものだ。龍悟は曖昧な笑顔を見せて頷いた。
「ほら、入って来たぞ。最初の屋台だ。よく見てろよ。興奮するぞ」
 龍悟は奈津実を抱き上げた。ピターッと理香子は夫に身を寄せた。
(続く)
(のじぎく人権文芸賞平成十年度入選作)


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