縁あるひとたち・その2

あれからもう四十年も経った。良一は立派に一人親方で仕事をこなしている。妻と娘二人のしあわせな家庭も得た。そんな今も、あの海老の尻尾に涙の味が加わった記憶が時々よみがえる。
「もうすぐやったな?」
 太吉に訊かれて、真一は現実に引き戻された。パチパチと火の粉を勢いよく跳ねながらたき火は燃え盛っている。「いや、建て前はちょっと遅れそうなんや。通り柱の調達が手間取ったさかい……」
「アホ!そんなことやないわい」
 太吉が呆れて怒鳴った。相変わらず馬鹿でかい声である。
「なっちゃんの結婚式や」
「ああ、あれ……来月のかかりやけど」
「もうじきやないか。ちゃんと親の役目果たしてやっとるんやろな?」
 良一はすぐに返答できなかった。
 目にいれても痛くない娘の上の方が結婚するのである。嬉しくはないはずはないのだが、良一の気持ちは少しも上向きになれないでいる。理由はちゃんと分かっている。
「お前、娘の結婚に、そないな難しい顔しとってどないするんや。なっちゃん、かわいそうやろが」
 太吉が非難するように言った。
「そら、お前の顔つぶす結果になったんやろけどなあ。あのなっちゃんが自分で婿はんを掴んで来よったんやないか。父親やったら、お前、素直に喜んだらなあかんで」
 太吉はしゃがむと、火のついた板切れを拾うとタバコに近づけた。フーッと紫煙を吐き出すと、太吉は宙に目を泳がせた。
「なっちゃんの花嫁姿、よう似合って綺麗やろなあ、別嬪さんやでのう」
 まるで自分の孫娘のように、太吉は目を細めて呟いた。
 良一は意識的に顔をそむけると、尻を突き出して火に炙った。冷え切った尻はすぐ暖まって気持ちがよくなる。しかし、胸のうちにあるわだかまりのほうは一向にきえる気配はなかった。
 あれは、適齢期を過ぎた娘のために、工務店の社長がワザワザ持って来てくれた見合い話だった。文句のつけようがない好条件の相手に、良一の方が乗り気になってしまった。当然、娘のなつみも自分と同じ気持ちになっていると思ったのが、大変な間違いだった。
 見合いして二度ばかりデートに出かけた娘に、順調だと良一が内心ほくそ笑んでいると、なつみはいきなり深刻な顔になると、この話を断ってくれと切りだした。恋人がいたのである。
 工務店の社長に不義理をしてしまうが、それはそれで仕方ないと思った。ところが、紹介された娘の恋人が気に入らなかった。娘とひと回り以上も違う四十男。息子の年齢ではない、良一と兄弟に思われる。しかも離婚歴があって子連れとは、もう何をかいわんやではないか。
 あれ以来、なつみと言葉を交わす機会が減った。良一が避けるほうだった。
「父親が折れてやらなんだら、なっちゃん、どないしてええか分からんで。このままやったらすっきりせんままに晴れの日を迎えてしまうぞ。……後で後悔をいくらしたかて追っつかん。苦しいだけや、違うか?」
 太吉は自嘲めいた口調になった。
 そういえば太吉もふたりの子どもがいた。そう、いたのである。
 太吉の長男、忠行は自動車事故に巻き込まれて死んでいる。太吉と口げんかして家を飛び出した直後の事故だった。急の知らせに泡食って病院に駆け付けた良一は、魂がぬけた後の抜け殻の太吉を目にした。
 太吉は良一に気付くとヘナヘナと床に崩れ落ちた。あわてて走り寄った良一に抱えられた太吉は、消え入りそうな声で叫び続けた。
「忠行よー!お前、あいつと結婚するんやなかったんかい?しあわせにしたる言うとったやないか。ボケ!当のお前がおっちんでしもうて、誰が幸せになるんじゃい!展…アホタレ…親不孝もんが」
 ボロボロと太吉は涙をこぼし続けた。初めて見せられた、あんなに逞しかった叔父の弱弱しい姿だった。良一はその叔父を他人の目に曝すまいと、太吉に覆いかぶさる態勢でで太吉の身体を抱きしめた。太吉の身体の震えが無性に悲しかった。
 忠行が結婚しようと決めていた相手はフィリピン女性だった。ダンサーとして出稼ぎに来日していた。知り合った事情はよく知らなかったが、優しい女性で二人は似合いだった。だが、昔気質の太吉は、断固許さなかった。
「言葉が通じん外国人の嫁はん貰うて、親を困らせる気か?お前。この親不孝もんが、わしゃ絶対に許さへんぞ」
 と、良一がいくらとりなしても、太吉は頑として意見を変えなかった。
(続く) (1994年・オール文芸「独楽」掲載)

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