二年目の春ーそして・その1

二年目の春―そして

 背丈ぐらいに切った青竹の芯を抜いた。二節は抜かないと駄目なので、鉄筋を突っ込んで少し弾みをつけて押し込むと、スポンと気持ちよく抜けた。それを二度繰り返して、やっと出来上がる。
 抜いた穴へ灯油を注ぎ入れると、ひとつながりになった竹筒の部分は、かなりの分量が詰まった。次に丸めた古い手拭いを竹筒の先に突っ込み、針金でしっかりと止めた。
「おい、用意はでけとるか?」
 長兄の雅樹が納屋の入り口からひょいと顔を覗かせた。既に手を加えた青竹の太いのを二本、肩に担いでいる。
「まだやったら思うて、余分に作っといたさかい、使うんやったら使え」
「いや、もう出来とる。ほら、これ」
 慎三はは出来上がったばかりの青竹を持ち上げて見せた。雅樹はニコリと頷いた。
「ほなら、そろそろ出かけよか」
「ああ」
 慎三はポケットにマッチがあるのを確かめて雅樹に続いた。
 今日はムラ総出による畦焼きだった。昔から連綿と続いている、春を迎える伝統的な行事である。この畦焼きを契機に本格的な田圃作りが始まる。
 二月に入った早々の日曜日の午後が該当日になったのは数年前からである。それまでの暦通りだと、たまたま平日に当たりでもすれば人が集まりにくい。集まっても精々年寄りと女連中が殆どで、池の土堤などの枯草を焼く大がかりな作業になると危険このうえない。なるべくして畦焼きは日曜日主体となった。
 慎三には今年が二度目の畦焼きに当たる。
 地元の農業高校を卒業し家を継いだ長兄と違い、慎三は高校を卒業すると同時に外へ働きに出た。その二年後にあっさりと故郷を後にして、大阪にアパートを借りて住んだ。
 それ以来、盆正月しかムラに戻らなかった。ある年は、盆正月ですら戻らずに済ませたほど、故郷への未練はカケラもなかった。
 昨年、ムラに定着すべく二十三年ぶりに帰郷したのは、それなりの理由があった。
 親が用意してくれた家に住むようになると、四十を過ぎてからのムラ入りとなった。その早春に初めて畦焼きに出た。
 兄弟三人の中で慎三だけが独り者だった。正確には一度結婚しているが、僅か二年で破綻した。共稼ぎだった妻は職場の若い男と姿を消し、それっきりになった。あれ以来、慎三は極度の女性不信に陥った。十数年、全く女っ気なしの生活に甘んじている。
 そんな孤独を余儀なくされた大阪の暮らしだったが、不思議に仕事は順調だった。シティホテルのコックとしてセコンドにまで昇進した。しかし、男ひとりの不摂生な生活が二十年近くも続くと、どこかしこに弊害が現れてくるらしい。
 十二月の宴会シーズンで仕事に追いまくられた挙句、慎三はストーブ前で遂に倒れた。それもかなり吐血した。過労による十二指超潰瘍の診断で手術を受け、肺もかなり弱っているのが判明し長期の入院を余儀なくされた。
 無事に退院はしたが、三か月に及ぶ入院生活に、慎三は自信をすっかり無くしてしまった。田舎者が大阪での暮らしと仕事に不安を覚えるようになっては、もうどうしようもない。慎三は田舎に逃げ戻る道しか見出せなかった。
 挫折の果てに帰郷した息子を両親は不憫がり、新しく家を建てて迎えてくれた。昔から弟思いだった長兄の雅樹は、ムラに戻った傷心の弟を何かにつけて気遣ってくれた。兄嫁の対応は、かなり冷ややかだったが、所詮他人である。慎三はあえて気にしないように努めた。
 新宅としてムラ入りは成ったが、都落ち同然の四十男である慎三は、ムラの衆と顔を合わせる場には余り出たくはなかった。それを雅樹は許さなかった。畦焼きも、秋祭りを初めとした諸々のムラの行事も、慎三は否応なく長兄に引っ張り出された。
 常に心鬱々状態だったものの、何回かムラの行事に出続けると、後はかなり心理的にラクになった。それが雅樹の魂胆だったと、今は感謝しているが、それを素直に言葉に出来ないのは、結局慎三の甘えに過ぎない。
「暖冬続きやったんで、枯草より青いのんが目立っちょるわ。こりゃなかなか焼けへんがな」
 雅樹は畦に青竹の松明を突き立てると、煙草を銜えながらボソッと呟いた。
 慎三は、雅樹が差し出したセブンスターの箱から一本抜くと、ライターで火を点けた。その火を黙って雅樹の口にある煙草の先に持っていった。
「あっちは、もう始めとるがい」
 雅樹は日が点いた煙草を一服すると、顎をしゃくった。しゃくった方向に白い煙がたなびいている。畦焼きが始まった。
 一時になるのを待って、それぞれの家の近くにある田圃周りから、てんでに畦焼きを開始する取り決めだった。まだ五分前田が、気の短い連中が待ちきれずに火を枯草に押し付け始めたらしい。        (続く)
(1994年10月29日神戸新聞掲載)

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