家族・完結

誠治が三千代を送り届けて、再び家に帰り着いたのは、既に真夜中近かった。散らついていた雪も本降りに変わっていて、家の前は白い絨毯を敷き詰めたように積もっていた。
 車から出て一歩踏み出すと、ジャクッと鳴った。実に気持ちいい感触が足裏に広がった。
 照正とヤスエは、まだ起きていた。客間ですき焼きの残りをつつきながら一杯やっていた。珍しくヤスエまで盃を手にしている。
「なんや、まだやってたんか?」
「ああ、たまにはええじゃろうが。母さんとの水入らずなんて、そう滅多にあるもんじゃないでのう」
 上機嫌そのもので照正は言った。
「ほれ、お前もちょっと座って、お父さんの相手したらええやろ。こんな機会、そうあるもんじゃないけ」
「うん」
 誠治は素直に頷いて、照正の真向かいに胡坐を組んだ。遅々と差し向かいになるのはいつ以来だろうか。もう記憶は薄れていた。
 ヤスエが手早く誠治に猪口を手渡し、器用な手つきで酒を満たした。夫の晩酌に付きあって三十年近く、自然と身についたものである。
「ええお嬢さんやったなァー、三千代はんは 照正がポソッと言った。
「ああ」
 面映ゆい思いで誠治は反射的に返事をした。
「ほんまに今度は大丈夫なんやろな?」
ヤスエが、またしつこく念を押した。口癖になっているのだろう。それもこれも誠治のせいなのである。しかし、今度は少し様子が違っていた。不安めいていなくて、不思議と明るい口調なのだ。三千代と逢って安堵を覚えたのかも知れない。
「ヘヘヘヘヘ」
 返事の代わりに誠治は相好を崩して見せた。送り届けた先で、三千代が何気なく漏らした言葉を思い出すと、自然にそうなった。
「一足先に誠治さんのお父さんやお母さんの娘になってしまったって感じ。お父さんのすき焼き、本当においしかったわ。お腹いっぱい食べてしまった」
 三千代の笑顔は、誠治の不安な部分を一掃してくれた。心が和らいだ。内心「やったァー!」と快哉をあげていた。
「絶対逃げられんじゃあねえぞ。大体お前は不器用すぎるんだ。ええか、よう聞け。女ちゅうもんは……」
 照正は息子の幸福感に満ちた様子にホッとしたせいか、一気に酔いが回り始めたらしい。機嫌のいい時に、照正が口にする説教である。
「分かった。分かったよ」
「よーし!そんならええわ」
 照正はひと声上げると、そのままゴロリと横になった。すぐにイビキがリズムよく始まった。
「まあまあ、こんなとこであんた寝るんかいな?」
 ヤスエは反射的に立ち上がると、毛布を引っ張り出して照正にソーッとかけた。
「フフフフ」
「なんやね?」
「お父さん、あない偉そうな口叩いてるけど、あのヒトもあんたと似たようなもんやったんやで」
 ヤスエは少女に戻った表情で空中に視線を泳がせると、クスッと思い出し笑いをした。
「あんヒト、見合いの席で、こっちが恥ずかしゅうなるぐらい真っ赤になって、とうとう最後までひと言も言えんかったんや。そらもう、おかしゅうておかしゅうて」
「そんなんで、よう一緒になれたもんやな」
「そらしょうがないねん。私の方が惚れてしもうたから……」
 ヤスエは照正を見下ろして、頬の辺りを少し赤く染めた。意外な母親の一面を垣間見た思いで、誠治はただただ感動した。
「あんたは、お父さんにソックリやがな」
 ヤスエの言葉が、実に心地よく耳に響いた
。(完結)
(1990年12月22日神戸新聞掲載)

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