家族・その2

「ほれ、見てみい。無理な事するさかい、こない酷い目に遭うんじゃろが。自分の甲斐性、よう考えなあかんわのう」
 傷心の誠治に一層の打撃を与えたヤスエの強烈な皮肉である。
 返納された結納品一式は、日の目を見ることもなく田島家の物置に仕舞われたままになっていた。新品のまま中古化運命にあった。
 そんな過去があるせいで、ヤスエは誠治の言葉を一発で認めようとはしなかった。
「痛い目に遭うんは、お前なんやから……」
 ヤスエは意味深な口調でしみじみと誠治を諭すように言った。
 誠治が恋人の三千代を伴って帰って来たのは、夕方の六時過ぎである。既に辺りは薄闇が広がって、一層寒々としていた。
 家の前に車を停めると、誠治は顔を赤らめて三千代を振り返った。
「ここが僕の家や。古臭い田舎の家やろ。デカイのだけが取り柄や。ヘヘヘヘ」
 誠治は、やや興奮気味の時分を悟られまいと、照れ笑いで誤魔化した。
「なんか怖いな」
「どうして?」
「だって……」
「心配いらへん。いつも話してる通り、うちの家族は、気ィー使う必要あらへんのやから」
 誠治は、弱気になっている三千代を、自分が守ってやらなければと、騎士になったつもりで気負っていた。
「アレ?いい匂いがするぞ!」
 車のドアを押し開けると同時に、空腹を思い切り刺激する旨そうな匂いが誠治の鼻腔を襲った。すき焼きである。好物なだけに、まず間違いない。
(もう始めてるのかな。彼女を連れて来ると連絡しといたのに、ちょっとは待っててくれりゃいいのに。全く気が利かへんねやから……!)
 誠治は頬をプーッと膨らませた。気の利かない家族だと、三千代に思われはしないかと気が気ではなかった。
「夕食中みたいね。わたし、迷惑じゃないかな……?」
 予想通りに三千代が表情を曇らせて訊いた。そんな気配りが出来る彼女に誠治は惚れたのだが、自分の家族が彼女に気を使われる対象なのに、情けなくてイヤだった。
 ひと言文句を言ってやろうと覚悟を決めて、誠治は思い木戸を開けた。
「お帰り」
 いきなり声を掛けられて飛び上がった。玄関口で待ち構えていられるとは思いもしなかった。誠治はキョトンと立ち尽くした。
「えろう遅かったやないか、お前ら。さあ、はよ上がれ。…あ、あんたも上がりんな。腹も空いてるやろが」
 父親が人の好さを丸出しにして言った。誠治の背に隠れるように寄り添う三千代に、ペコリと頭を下げた父親の顔は心なしか赤らんでいた。根っからの照れ性なのである。誠治はその性格をそっくり貰っている。
 客間にデーンと据えられた大きな座敷卓の上で、グツグツとすき焼きは煮えていた。ちょうど頃合いにたき上がっているため、部屋中にすきっ腹を刺激する美味な臭いが充満していた。
「お父さんがな。もうそろそろ来るんちゃうか言うて、たき始めはったんや。まだ早いがなって、私らは止めたんやけどな。いや、もう帰って来おるわいいうて承知せんでなあ。そいが、ほんまにピッタリやがな、驚いたわ」
 いつのまにかヤスエがビールとジュースを盆に載せて立っていた。三千代にやはりペコリとお辞儀すると、目をツツいっぱい細めて笑った。どうやら、ヤスエは、父は、三千代に好感を持ったらしい。誠治は満足げに頷いた
。(続く)
(1990年12月22日神戸新聞掲載)

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