家族・その1

家 族

「…もしかしたら、今日、付き合ってる女の子、連れてくるかも知れん…」
 唐突な誠治の言葉に、飯をよそっていた母親のヤスエは、一瞬キョトンとした。次に苦笑すると、またかと言った風に誠治を見た。
「ほんまの話やで。この春ごろから付き合い始めた相手や。ちゃんと結婚を前提の、真面目な付き合いしてるんや」
 誠治はヤスエを納得させようと必死になった。口が自然に尖って、口の中の飯粒が飛び出すほどの勢いで弁明した。
「汚いがな。食べるんと、喋るんと別々にしいな。まあ、行儀の悪いこっちゃ」
 ヤスエは顔をしかめると、誠治を咎めた。
「あ、悪い」
 誠治は口を押さえて、頭をペコッと下げた。眼だけでギョロッと見上げると、
「だけど、ほんまやからな」
 しつこく誠治は念を押した。
「どんな女の子やいな?」
「ええ子や。俺の事、よう理解してくれてる」
 誠治の顔がくしゃくしゃになった。
「この子は、また鼻の下、長うしてからに。ほんまに懲りへんのやさかい、しゃーないな」
 yスエは呆れ顔で言った。無理のない話で、今まで何度となく息子の話を素直に信じては、結局はぐらかされて来ていた。結婚しようと付き合っていた女性の話は、今回で確か四度目である。すぐに信じられるはずがなかった。
「大丈夫やて、今度は間違いあらへん」
 誠治は口をキッと結んで言った。彼自身、今回の相手を逃がしたら、もう終わりだと自覚している。真剣にならざるを得なかった。勿論、過去の結婚話も真剣ではあったのだが_」
 1度目は職場で知り合った女性である。数度デートしてから結婚を約束した。早計かなと言う危惧はあったが、そっちの面では相当の晩生である誠治の焦りが先行した。当時、既に三十歳、それでいて女性と付き合った経験は皆無という政治が焦っても当然だったろう。
「俺は、もうこの年や。遊んでる余裕はない。結婚を考えた付きあいしかでけへんさかい」
 誠治のやたら正直なプロポーズに、相手はしっかりと頷いてくれた。恋愛が始まったばかりの興奮が、彼女にそうさせたのだと後日知ったが、その時点ではもう有頂天になっていて、単純に喜んだ。
 しかし、相手は十九歳、冷静になるというか、飽きるのも早かった。
「年の差が気になってしもて…もうダメ!」
 最初から分かり切っているはずの条件を理由に相手は離れていった。あまりにも呆気なかった。
「それ見てみい、お前に女の子と付き合えるはずないんやがな」
 結婚相手が見つかったとふぃちょうしていたせいもあって、ヤスエの皮肉はきつかった。
 二度目は、1度目の失敗が頭にあったせいか、五つ年上の女性と付き合った。利己の体験者だったが、誠治は全く気にもかけなかった。今度こそ間違いないとヤスエに報告した直後に、いともアッサリと別れが来た。
「あの人と、結婚できなくても、傍にいたいの。だから、あなたとは結婚できない…てんごめんね」
 誠治のほかに付きあっている男性がいて、しかも妻子持ち。最終的に彼女は誠治より、そっちを選んだのである。不倫なんて小説家テレビドラマの中での話だと思っていた誠治は、思わぬ成り行きになす術はなかった。相当なショックを受けて、しばらく立ち直れなかった。
「やっぱり、お前が自分で嫁さん見つけるなんて土台無理なんや。そら見合いしかあらへんわな。お母ちゃんらに任しとき」
 ヤスの道場めいた皮肉に、誠治は深く傷ついた。彼の傷心ぶりは傍目にもはっきりとわかり、憐みの混じった同情を受けた。
 鬱々と楽しまぬ日々を送る政治を見兼ねて、ヤスエと父宏正は見合いの話を次々と探して来た。どれもこれも政治のフィーリングに合わず、すぐに断った。
 そうするうちに三度目の恋愛。M女子大四回生で小学校の教諭を目指す女性だった。彼女とはトントン拍子に婚約まで漕ぎ着けた。大学卒業を待って結婚式を挙げる約束で、結納まで交わし、式場から新婚旅行までの予約一切が済んで安心していた矢先に、
「ごめんなさい。私…結婚できないわ。小学校の先生になりたいの。蚊のせいに賭けてみたいの」
 と、彼女はいきなり言い出した。教育実習に出て、ちいさな教え子から「先生、先生」と慕われて、すっかりその気になってしまったのだ。
 必死の説得も空しく、、彼女の心変わりの逆転ならずで、ついに婚約破棄を迎えた。誠治は両親の顔をまともに見られなかった。
(続く)
(1990年12月22日神戸新聞掲載)

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